スピッツ「僕のギター」は、マクロス7説。~スピッツ歌詞解釈~




こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツ「僕のギター」について解釈していきたいと思います。


この曲、とても評価が高いんですよね。めちゃくちゃいい曲です。アルバム「さざなみCD」の1曲目に入っている曲なんですけど、この付近にリリースされたスピッツのアルバムの最初の曲は、どれもしっとりしつつ、大きなインパクトのある曲です。三日月ロックの「夜を駆ける」とか、とげまるの「ビギナー」とか。アルバムの最初から、がっちり心を掴んで離さない曲たちばかりです。


さて、「僕のギター」ですが、これは一体何を歌っている曲なのでしょう?

「君」に対する思いを歌った曲なのでしょうか? だとしたら、それはどんな感情なのでしょう? 愛でしょうか? はたまた憎悪でしょうか?

憎悪、だなんてことはないと思いますけれども、深い愛を歌っているとも、明言されていません。どちらかというと、曲を客観的に眺めたふうな詞になっています。



どうして、こんな作りにしたのでしょう?

目的は、いったいどこにあるのでしょう?

ヒントは、ブログタイトルにもあるように、マクロス7にあると思います。



マクロス7は、みなさんご存知でしょうか?

1995年……ロビンソンがブレークしたのと同時代のロボットアニメなので、それはもう相当古い作品です。知らない人も多いと思います。

ごくごく簡単に説明してしまうんですけど、このマクロス7の主人公は、ロボットに乗るところまではガンダムと同じなんですけど、ガンダムと違うところは、敵と一切戦わずに、コクピットにギターを持ち込んで、敵の攻撃を避けながら歌って、敵に自分の歌を無理やり聞かそうとします。それも、派手なロックを聴かせることで敵の戦意を喪失させ、逆にノリノリにしてしまおう、という魂胆です。最初のうちは当然失敗します。誰も歌を聴かないばかりか、邪魔者扱いです。当たり前ですよね。みんな真面目に戦っているのに、となりでギター片手に歌いだしたら、邪魔すぎて腹が立ちますよね。それでも主人公はめげずに、何度も何度も戦場に現れ、歌を歌い続けました。やがて物語が進むにつれて、この主人公の歌には特別な力が宿っていると認識されはじめ、誰もが歌パワーを信じ始めました。最後には、ミサイルやビームがまったく効かない相手が現れて人類も終わりか、となった時、この主人公ひとりが、たった一曲で立ち向かい、最後の敵をギンギンに感動させて撃退?し、人類を救う、という最後を迎えました。


このように、曲が物語の重要なファクターだったのですが、同時に、曲そのものは、それほど重要視されていません。

マクロス7の作中で使われた曲というは、愛の曲もあるし、元気出せよ、という曲もありますが、曲について討論する場面というのは皆無なのです。「この曲、愛について語られているけれど、私のことについて歌ってくれてるの?スキスキ!」だなんて場面はありません。「なぜ戦場で歌うのか」について問題にされてばかりで、「どんな曲なのか」とか「何について歌っているのか」とかは、誰も問題にしないのです。

「どんな歌なのか」ということよりも、「歌そのものがもつエネルギー」が、物語の主軸になっているのです。


この、マクロス7で語られている「敵も味方も感動させるほどの歌エネルギー」こそ、「僕のギター」の主題なのではないかと思っています。



霧雨に濡れてたら 汚れた心も

洗い流されていく 少しずつ

長い月日を一緒に 過ごしたこのギター

新しい地球の音を 味方につけた

みなさんは、歌の善し悪しを決めるのに、カラオケの点数を想像すると思います。音程を外さないよう、歌詞を間違えないよう、上手に綺麗に歌うことで、それが数字になるからです。機械が評価しているのは、いかに音程にズレが少ないか、です。

でも、それは歌が上手なことになるのでしょうか? もっといえば、人を感動させる歌とは、いったいなんでしょうか? 音程通りに歌を歌うことができれば、人を感動させることができるのでしょうか?

「霧雨に濡れてたら」とは、歌うべき場所ではない場所に立っていることを示しています。でも、それなのに「汚れた心が洗い流されて」いっています。なぜか。歌うべき場所で歌っているうちに、歌い方を忘れてしまったからです。商業用に求められるまま、綺麗にまとまった音楽をセコセコと作っていくうちに、「本当の曲って、なんだったんだろう…?」と迷路に迷い込んでしまっていました。

それが、ひとりでギターとともに霧雨に濡れているうちに、だんだんと思い出しつつあります。

「新しい地球の音」とは、カラオケの機械が評価するような音ではない、本当に人間を感動させることができる、エネルギーを感じる音のことだと思います。これを味方につけた、と言っています。この部分に、歌で人類の敵を撃退したマクロス7を感じました。本当の歌というのは、有無を言わさないエネルギーを持っています。「愛してる」とか「好きだ」など、歌詞の装飾に頼らなくても、強烈に伝わる何かがあります。それを味方につけることができたら、本物でしょう。



そして 君を歌うよ 小さなことが

大きな光になってくように

かき鳴らしては かき鳴らしては 祈ってる

その、味方につけた歌エネルギーで、「君を歌う」のです。人々の心を震わせる歌エネルギーに乗せた、君への強い想い。これは、「小さなことが、大きな光になっていくよう」という表現がぴったりハマります。これには感動せざるを得ないでしょう。まさしく、マサムネさんのような、「歌とはなんだろう?」と問い続け、歌い続けた人が、ようやくたどり着く境地なのだと思います。

ギターに祈りを込めるように、かき鳴らしています。歌とはエネルギーであり、ギターはそれを増幅させる装置なのです。でもギターもまた、単にかき鳴らすだけでは、弦が震えるだけです。ここに祈りを込めることで、はじめて人を感動させる、何かが生まれるのでしょう。



作り話もあるよ だけど得意気に

かっこ悪いとどこかで わかっていても

マクロス7といえば、子供向けのロボットアニメです。「歌エネルギー」という概念そのものも、子供だましにすぎません。実際には、存在しないものです。

でも、「僕のギター」の中のマサムネさんは、「歌エネルギー」の存在を信じているようです。「かっこ悪いとどこかでわかっていても」そのパワーを信じてみたくなっています。



ずっと 君を歌うよ おかしいくらい

忘れたくない ひとつひとつを

消えないように 消えないように 刻んでる

「消えないように刻んでる」は、ギターを使ったビートのことのようにも思えますし、歌エネルギーを使って、人々の魂に刻んでいる、ともとれます。

どちらにせよ、「君」を思った歌は、強大な力となって、人々の心を震わせていく様子が、ここでも描かれています。



というふうに解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

最後に、「僕のギター」は、「おれのギター」と読むそうです。この曲が発表された当時、マサムネさんがそう、解説していたそうです。

その真意はなんなのかまでは、うまく読み取れませんでしたが、マクロス7の主人公の一人称は、「俺」です。マクロス7の後日談を描いた作品のタイトルは「銀河が俺を呼んでいる!」です。マクロス7の彼がなぜ歌うのかを問われた時「銀河が俺を呼んでいるからだ」と、突拍子のないことを言って、駆け出していく姿が目に見えるようです。そんな、気の向くままに歌ってきた彼だからこそ、膨大な歌エネルギーを手にすることができたのです。

マサムネさんがもし、マクロス7の主人公に憧れて、彼をモチーフにした曲を作ったとしたら、「僕のギター」のような曲になるんじゃないかなと思いました。



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