スピッツ「トビウオ」にみる、進化のやり方~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの名曲「トビウオ」について解釈していきたいと思います。


この曲は、みなさんどんな解釈をしておりますでしょうか。「抱きしめたい」とか「宝を取り戻せ君を」とか歌詞中にあるので、恋愛の曲だというふうに捉えておりますでしょうか。「ホンマモンのエクスタシー」だなんて言葉もありますので、ちょっとエッチな歌詞なのかな、という想像もできますよね。

ただ、個人的には、なんで歌詞やタイトルに「トビウオ」を採用したのかが、気になってしまっておりまして。

恋愛と、トビウオって、何か関係があるんだろうか……、もっと別の解釈をすれば、この曲にトビウオが採用された理由がわかるんじゃないか、という、好奇心がでてきしてしまいまして。


というわけで、「トビウオ」がトビウオとして、しっくりくるような、なんとなく意味が通じるような解釈を考えてみました。

題して、「進化の曲を作りたかったので、その象徴としてトビウオを出演させた説」です。



トビウオという魚は、文字通り、空を飛べる魚です。

魚が空を飛べるって、不思議な話ですよね。魚は通常、海の中を泳ぐものですから。でもこのトビウオは、自分を狙う大型の魚から逃れるために、水面を出て、空に逃れることを編み出した魚なのです。その大きなヒレを翼のように広げて、空を滑空していくことができます。魚がポーンと跳ねる場面は想像がつくと思いますが、トビウオの飛び方は想像以上で、まるで鳥や飛行機のように、スーッと滑空していきます。鳥のように方向転換ができないので、ひたすらまっすぐ飛んで、船にぶち当たり、乗組員が怪我をする、だなんて事例もあるそうです。滑空時はものすごいスピードになりますから、怖いですね。


さて、マサムネさんは、これまでも歌詞中に「魚」を使う場合がありましたが、その際は進化の象徴として用いてきました。そのまんまのタイトル「魚」も、八百屋テクテク的解釈では、進化をテーマに話が進行しています。

トビウオもまた、生物の進化という点では、象徴的な魚です。なんせ、空を跳ぶことができる魚なのですから。

人間もまた、進化してきた生物です。長い長い年月を経て、ここまでになりました。さて、この先は、どうなるのでしょう? 

ドラゴンボールでは、宇宙の帝王フリーザに親友のクリリンが殺されたことで、怒りが頂点に達した孫悟空はスーパーサイヤ人に進化することができ、フリーザを圧倒することができました。ポケモンは、経験を積むことで進化することができます。ドランボールの孫悟空や、ポケモンのように、何かドラマチックな場面で進化するのは、アニメや漫画の定番ですが、はたして、この先における人類の進化とは、どのようなものなのでしょう? イルカやコウモリのように超音波で通信するようになれたり、鳥やトビウオのように空を跳べるようになったり、するのでしょうか?

そんな空想が、この詞にはちりばめられています。



霧隠れのあいまいな 背中追いかけ

指の先の平均値 汗がしたたる

説明不可能な バネ力で

「霧隠れのあいまいな背中」とは、その業界で実力も記録も持っている人です。マラソンに喩えると、世界陸上で1位争いをするような、一流のアスリートのことでしょう。平凡な自分の走っている位置からは、霧でかすんでしまうぐらい遥か前方に、その1位の人の背中があります。歌詞の主人公は、彼の背中を必死に追いかけている、という状況です。

「指の先の平均値」は、今主人公が身につけている能力が、どのくらいの位置にあるのかを指し示したものです。才能があると思っていたけれど、いざテストしてみたら、平均で平凡な能力しかなかったと気づかされた主人公。「汗がしたた」ります。

もう、この世界で戦っていくには、普通にトレーニングしていたのでは、到底通用しないでしょう。毎日どれだけ走りこんだところで、世界陸上で金メダルを取るのは、不可能です。

これはもう「説明不可能」なものに頼るしかありません。それこそ、孫悟空がスーパーサイヤ人になった時みたいな、理屈では考えられないような、説明不可能なバネ力に。



波にもまれ トビウオになれ ギラギラ太陽

うれしいってもっと 素直に言えたなら

抱きしめたい 見つめていたい くたばる前に

替わりがきかない 宝を取り戻せ 君を

例えば水が苦手なポケモンが、「波にもまれ」るなどしてピンチに陥ったとき、進化して水を克服し、同等以上に敵ポケモンと渡り合い、そこから大逆転する、だなんて、とてもドラマチックなストーリーですよね。こんな感じで「波にもまれ」ることでこそ、進化して、「トビウオ」になれるのだ、ということです。

「うれしい~」以降は、進化することで自分に宿った才能を、噛み締めている場面です。ちょっと上で挙げた進化の事例が、サイヤ人とポケモンなど、戦闘に勝つことが目的の進化になってしまいましたが、本来の進化は、できないことができるようになったり、わからないことがわかるようになったりすることも含まれます。

また、ここでの「君」は、求めていた才能そのものを表しています。それを「宝を取り戻せ」と言っています。かつで出来ていたことが、今はできなくなっている、ということになっています。確かに、速く走ることでいえば、私たち人類は様々な魚類、小動物、哺乳類を経由して、ここにいます。その過程では、水の中を素早く動き回る魚類もいたでしょうし、草原を誰よりも早く駆け抜けていた動物だっていたでしょう。いまこそ、再び進化することで、かつて自分が身につけていたモノを、その身体に宿そう、と言っています。

あるいは、すでに宿して、使いこなしている場面かもしれません。心に響く歌声、などは、かつて動物だった頃に身につけていた技術だったのかもしれませんが、人間になって言葉を駆使するうちに、それができなくなってしまいました。これを歌っているマサムネさんになら、他の人に自分の感情を伝えるすべが、言語以外に備わっているはずです。私はスピッツファンなので、そう信じています。

いわば、マサムネさんは、「トビウオ」への進化に成功した人のひとりかもしれません。その才能を愛し「抱きしめていたい」って言っています。



遠回りしたけど 解りはじめた

波照間から稚内へ 旅の途中で

昔から僕らが 持っていたもの

ここは、「才能」の補足になっています。トビウオは回遊によって、波照間と稚内を往来しています。人間が魚類だった頃は、自力で日本一周を毎年するだけの能力が備わっていたんです。それに気が付いたのは、国内旅行の途中だった、ということでしょうか。



思い出そうぜ トビウオになれ オーラじゃなくて

直接触れる ホンマモンのエクスタシー

その勢いで 気づかせたいぜ 今さらながら

ありがとうのエナジー どでかく描いたれ 空に

1番で「取り戻せ」と言っていたのと同じで、ここでも「思い出そうぜ」と言っています。求めている才能は、すでに過去に自分たちが普通に持ち合わせていたものを指しているようです。

「オーラ」というのは、霊的なものを指します。つまり「オーラ」じゃない、というのは、「才能が身についた気分に浸る」わけじゃない、ということを言いたいようです。その才能は、直接触れる、ホンマモンです。

ここで「エクスタシー」という言葉をチョイスしたのは、神がかり的な能力を発揮したことを表現するにはピッタリです。エクスタシーは、神仏などの霊的存在と直接接触したり交流する状態のことです。芸術家や音楽家などで、優れた才能を発揮する人は、神仏が宿ったかのようだ、と他人から評価されることもあるでしょう。こういうスゴイパワーを、引き出しています。

そのスゴイパワーの象徴が、「トビウオ」というわけなのです。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

スピッツ「トビウオ」は夏っぽくていいですね。スピッツのメンバーも「夏っぽい曲」だと認めておりましたし。

もし、この曲が進化を表している曲だとすれば、進化は夏にこそ起きるのかもしれません。

ぜひ、夏のイキオイを活かして、この夏にはどでかく進化してみてはいかがでしょうか?



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