風待くだもの店~序章~

更新日:2021年5月22日




「昔は、梅の樹木がたくさんあったんだよね」


コーヒーの音をたてないように、こわごわ啜る少年。

そのカウンター越しで、風待くだもの店のお姉さんは、その艶やかな唇を軽やかに動かしながら、りんごを剥きはじめた。コーヒーを提供されてから今までで、オレンジ、グレープフルーツ、キウイ、イチゴと、かわるがわる取り出してきては、カットされていく。手のひらサイズのナイフが、まるで機械のように正確にリズムを刻んでいる。


「梅は、緑の宝石って呼ばれていてね。宝石のように価値がある果物だったんだよ。でも、梅って、管理が大変でね。それに最近では、あまり食べなくなったでしょう? 年々消費量が減っちゃってさ。だから、農家さん、梅の樹木を伐採しちゃったの。別の品目を栽培するためにね。梅の産地として、このあたりは全国的にも有名だったんだけれど、とはいっても、みんな生活がかかってるからね。売れなくなってきているのに、昔のことをいつまでも、引きずっていてもしょうがないよね。いいものが、正しく評価されるとは限らないのが世の中だから、とくに過失があったわけでもないのに、一度評価されていたものが評価を失うことって、あるんだよね。そして、過失があってもなくても、評価を取り戻すことは、すごく難しいんだよね」


できるなら、話に乗りたい気持ちはある。

でも、今のところ、彼女の話す内容は、よくわからない。だから賛成も反対もできずにいる。あいまいな返事を続けるほかない。

梅の樹木の運命など、気にしたことがないし、興味ももてない。

ただ、せっかく目の前のお姉さんが、自分だけのために、話をしてくれている。なんとか興味のあるふりを続けたい。でも話の内容がわからない。

お姉さんの視線は、自分の手のひらに集中している。でも話の内容はよどみがない。ラジオのニュースのように、発信する目的で言葉を並べているのではなく、自分の呼吸に合わせて、呼吸を止めたり、続けたりしているみたい。思考まで読まれているような、そんな感じがする。

会話をしたいけれど、できない。そういうもどかしさの中にいる。


「梅、好きなんですね」


少年の口から、やっとでた言葉が、それだった。

自分でも、これ以上ないぐらい、陳腐だと思った。言った瞬間、恥ずかしさにまみれた。探せば、もっと気の利いた言葉ぐらい、たくさんあるだろうに……こんな言葉しか呟けない自分を呪った。


「好きだよ」


お姉さんは、そんな少年の醜態を笑うこともなかった。少年の問いにたいして、まっすぐに答えた。目元に優しさを漂わせて。

自分の愚かさも恥ずかしさも、すべてを見透かされても、それでも、黙って肯定して、優しく包んでくれる。そんな風がお姉さんから漂ってくるような、そんな感じがした。




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