風待くだもの店~その4~

更新日:6月2日




「坂谷ぃ~」


次の日の朝。岩倉さんが、登校中の少年をみつけて、声をかけてきた。


「あっ、岩倉さん、おはよう」


「ちょっと、昨日のあのメッセージ何? キモイんですけど? やめてもらえる?」


「えっ」


「『今まで自分のことばかりで、周りのことが見えてなかった気がする』とか、自分語りがうっとおしいし、『だから君のことを、もっとよく知りたくなった』とか、ストーカー宣言? アンタ、そんな人だったの? ほんと、キモイ」


「あ、いや……」


「とにかく、そんなもの送ってこないで。とくに夜はだめ。夜に送りつけるなんて、こっちの迷惑も考えてよ。送られても返信できないし」


「ああ……ごめん」


「ちゃんとわかった? もうしないでね。で、許してあげるかわりに、数学のノート見せて。コピーするし」


「えっ、なんで?」


「アンタのところ、こっちのクラスより進行早いでしょ」


「そうだけど……」


「だからよ。よかったね。可愛い彼女の役に立てて」


彼女は、ずいっ、と手を差し出してきた。ここでノートを貸せ、ということらしい。


「いや、でも、数学は1限目からだし、困るよ」


「そんなの、別の紙に書いておいて、あとでノートに写せばいいじゃない。私だって、アンタのノートを書き写すんだから。同じ苦労するんだから、平等でしょ。それとも、私のために、何の苦労もしたくないわけ?」


少年は、次の言葉に詰まってしまった。

彼女のためになら、多少の苦労はするべきかもしれない。

いいじゃないか、彼女のためになるのなら……。


少年の義務感が、少年にそうささやいてくる。

少年の義務感が、彼に数学のノートを差し出させた。

彼女はそれを、まるで自分のものであるかのように、カバンに収めた。

そして、「じゃね、私、急いでるから」と言って、ひとりでスタスタと行ってしまった。


首をすくめていると、「坂谷」と声をかけられた。


「おい、なんだありゃ。カツアゲか?」


クラスメイトの男子だった。

男子は、彼女の背中を不審そうに眺めながら、少年の横に並んで、歩き出した。


「いやぁ、彼女がノート、借りたいってさ」


「あれ、ひとから物を借りる態度じゃねえだろ。なんのノートだよ」


「数学」


「はぁっ? バカかお前は。数学1限だろ? ノートどうすんだよお前」


「まぁ……今日に関しては、別のノートにとるよ」


「なんていうか、お前、利口なのか、バカなのか、よくわかんねえんだよな。俺ら地元残留組とは違って、いい大学目指してるんだろ? それだけ勉強ができるのに、なんかフラフラしてるよな」


「そう?」


「それより、あの女だよ。あの女とお前、どういう関係なんだよ」


「いや、まあ……」


「どうせ、難癖をつけられて、からまれたんだろう? お前はよく面倒ごとを押し付けられているからな。この間も、やらなくていい見舞いなんぞを引き受けやがって。まぁ見舞いはともかく、ノートはさすがに一線越えてるだろ。断りづらいなら、俺から言ってやろうか?」


「いや、そこまでは、してもらわなくても……」


「遠慮してんじゃねえよ。お前ひとりじゃ、さっきみたいになるだけだろ」


「…………」


「あの女は、どうしようもないやつだよ。知ってるか? あの女の噂」


「噂?」


「そう、実は、」


「まって」


「あ?」


「聞きたくない」


「なんで?」


なぜか、と問われると、恋人だから、としか答えようがない。

自分の恋人の悪口や噂話は、聞きたくない。聞いてもしょうがない。

それが、自分の恋人に対する、礼儀だと思うから。

でも、それとは別に、このクラスメイトは、自分を気遣ってくれている。それぐらいはわかった。

自分の恋人と、このクラスメイトに対する礼節を通すため、黙ったまま、あいまいな笑顔を見せた。


これで話は終わりにしてくれ、


というつもりだった。

この笑顔をみたクラスメイトは、最初は笑わずにいた。

でも、やがては諦めたように、笑った。

このクラスメイトも、他人が築いた壁を、無理して壊そうとはしなかった。

壁があれば、それ以上は侵入しない。他人との距離感を保つ。それが良い人間関係のあり方だと知っている。


少年は、壁を作った。クラスメイトは、その壁を壊さない。


その後、学校に着くまでの間、二人の間に流れたのは、ただ、お互いの壁の上辺だけをなぞる時間だけだった。





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