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生藤農園様~メロンに捧げる情熱~



福井の一大観光地である芦原温泉街を少し北上すると、その賑やかさとは一転して、のどかな田園風景が広がっています。 「あわらフルーツライン」と名付けられたその通り沿いには、柿、梨の果樹が立ち並び、その合間にビニールハウスが並んでいます。 農業を目指すひとにはうってつけの場所なんだよ と、少し前に知り合いの農家さんに言われたことがありました。 「なぜですか?」 「県を挙げて、新規に農業をする人を受け入れるための施策を行っているんだけど、そのひとつがあわらフルーツラインなんだ。そこは、もともとの土もいいし、かんがい設備もお金をかけて整えたし。農業の指導員もついてくる」 その後、彼の口からは、「どうだい?やってみないか?」の言葉が続くのでした。あっ、ここまで書いて、そういえばまともに返事をしていなかったのを、今思い出しました。 八百屋テクテクが潰れたら、あわらでブドウの勉強でもしようと思います。 生藤さんは、そんなあわら市に、新規で就農にやってきた人のひとりです。 私などは聞きかじった程度だったのですが、実際に就農した生藤さんは、あわら市で農業をすることの良さを身をもって知っています。 私が彼に「全国にある新規就農者の研修先の中で、どうしてあわら市を選んだのですか?」と聞いたとき、まさに上で挙げたことを教えてくださいました。 しかし、彼があわら市を選んだ理由は、これだけではありません。 「私は主にメロンを作ろうと思ったんですが、なぜメロンなのかというと、すでに売り先があったからなんです。例えば、京都の祇園にある料理屋さんです。この料理屋さんは、あわらのメロンを高く評価してくれて、高く買ってくれます。このように、京都や大阪など、あわらのメロンをはじめとした福井の農産物を高く評価してくれる消費地があり、また、その消費地にすぐ近いところに産地があるというところが、あわら市を選んだ決め手ですね」 黒々と日焼けした生藤さんの顔からは、挑戦するひとのエネルギーを強く感じます。 実際、話をきいていますと、農業にたいする情熱は相当なものだと感じました。 また彼は、彫りの深い顔をしています。 日焼けした顔も相まって、南国的な顔立ちです。聞くと、おじい様のご出身が鹿児島なのだそうです。 研修先を選ぶとき、鹿児島か福井で迷われたそうですが、あの農業王国で知られる鹿児島より福井のほうに、より農業の可能性を感じてくださったのは、福井出身の身としてはうれしい限りです。 そんな、南国由来の生藤さんの情熱は、もちろん、自分が育てているメロンにもしっかり注がれています。

ところで、八百屋テクテクもメロンを扱っています。 青果物を取り扱った経験上、果物を扱う上で気を付けていることが二つあります。 美味しい時期であるかどうかということと、いい産地のいい農協であるかどうかということです。これに気をつけていれば、美味しいものに出会えます。味が乗っていない果物を引くのは、運が悪いからではありません。そのどちらかが良くなかったためです。 「生藤さん。八百屋テクテクのメロンも美味しいですよ。しっかりした農協のものを使っていますからね」 「農協ということは、共選ですか」 「共選です」 「ははぁ…」 生藤さんは、少し困ったような顔をしました。 (おや、なにかマズいことを言ったかな…?) 私は、私の発言の、どの部分に生藤さんの違和感があったのかを、会話をすすめながら探ることにしました。 「生藤さんのメロンは、農協には出荷しないのですか?」 農協に出荷された農産物は、共選ものとして扱われます。 共選とは、複数の農家さんが共同で出荷することを指します。 出荷した農産物を農協が管理する選果場に集め、そこで形や重さ、果物の場合は糖度などを調べ、等級ごとに選別し箱詰めされます。スーパーなどに出回る農産物は、たいてい共選もので、農協の名前で出荷し、市場を介してスーパーに行きつきます。 「いえ、農協にも出荷しますが、たいていは、お客様のもとへ直接出荷しています。注文が増えてきているので、農協に回すものが減っているということもありますね」 「注文が増えてきているんですか。すごいですね」 「ええ。うちのメロンを食べたお客様が、美味しいよ、って別のお客様に紹介してくれたりして。それで徐々に増えてきているんです。やはり、ほかのメロンと比べると味が各段に違いますからね」 「なるほど。確かに、それだけ評判がいいということは、とても美味しいのでしょう。でも、それだけ味に差が出るのは何故なのでしょうか?」 「例えばアールスメロンであれば蔓を地面に這わす這い作りではなく、天井へ向けて立つように吊り上げる立ち作りをします。這い作りでは蔓がこんがらがってしまうので、どの蔓に着いた実なのか分からなくなってしまいます。

その点、立ち作りだとひとつの蔓に、ひとつの実を着ける様に管理ができます 立ち作りでも最初はいくつか実を着けますが、ある時点で成長の良い実ひとつ残して他は間引きすることで、素晴らしく味の乗ったメロンになるというわけです。手間もかかりますし、一度に収穫できる量も少なくなりますが」 そこで生藤さんは、ぼそりと 「共選の場合は、管理が良いものも悪いものも、選果基準を満たせば一緒に出荷されてしまいますので…」 と、遠慮ぎみにつぶやきました。そこまで聞いて私は、 (あっ、そうか) と、生藤さんの違和感の正体を理解することができました。 共選のルールとしては、形が綺麗で糖度が一定の基準を満たしていれば、同じ果実として同じ箱に詰められ出荷されます。 たとえば、素晴らしく美味しいメロンと、ギリギリ基準を満たしたメロンが、同じ箱の中に入っているわけです そうなると、外からでは、まったく判別ができないのです。 共選は、一定水準以上は保証してくれますが、それ以上は保証してくれません。 もちろん、共選がダメだと言いたいわけではありません。むしろ、流通が健全なものであるためには必要なものではあります。また、基準ギリギリに抑えたものを大量に出荷する農家さんがいたとしても、それはその農家さんの経営方針であり、経営戦略です。 しかしながら、その共選のルールに当てはめてしまうと、生藤さんのメロンの良さがわからなくなってしまいます。 生藤さんが手をかけて育てているメロンは、既存の規格にあてはめることのできない、文字通り、規格外の美味しさなのですから。 さきほど、八百屋テクテクで扱うのは共選のものだ、と生藤さんに言ったとき、彼は、 (テクテクさんは、はたして、うちのメロンを大事に扱ってくれるのかな…??) という懸念を抱いた、というわけなのです。 しかし、このことが、生藤さんの、メロンに対する深い情熱を感じた瞬間でもありました。オープンテラスのカフェのオーナーのような、南国の男性的な風貌の生藤さんですが、ことメロンに対する情熱は、まるで我が子を思う母親のようです。 大丈夫です。 八百屋テクテクとしては、生藤さんのメロンの特徴を、みなさんにお伝えするために、こうして長々と紙面を使いました。 ここまで読んでくれてありがとうございます。 感謝の気持ちでいっぱいです。 ちょっと長いよ~、とも思われるかもしれませんが、でも、ここまで書かないと伝わらないことって、あると思うんです。 話は前後しますが、生藤さんが福井で農業をすることを決めた理由として、先ほどいろいろ挙げてくれていたのですが、実はもう一つあるんです。 私が子供のとき食べたメロンがあまりにも美味しくて。その味が、ずっと記憶に残っていたんです。大人になって、福井のメロンを食べたとき、ああ、子供のときに食べたメロンの味に、とても近いと思ったんです。福井でメロンを作ろうと思ったのは、子供のころ食べたメロンは、福井のメロンだったんじゃないかなって、思ったからなんです 記憶の中に残っている味って、いくらか美化されてしまいがちです。

しかしながら、思い出の中に残る味に近いということは、生藤さんの食べた福井のメロンは相当美味しかったのでしょう。

生藤さんは、この記憶の中に残るメロンの味を再現するために、福井にやってきたというわけなのです。 生藤さんの、追憶のメロンの味。 この味が今、確かな形となって、多くの人々の舌を感動させているのです。

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