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松本隆「12月の雨の日」は、学生運動の話だった説。



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、天才松本隆作詞の「12月の雨の日」をじっくりみていこうと思います。

毎回このブログではスピッツの歌詞解釈をやっているのですが、この曲をスピッツがカバーしたということもあり、「あのマサムネさんがカバーしているのだから、何か特別な意味のある曲なんだろうな…」との思いから、私はこの曲と向き合っています。もっとも、すべての曲は作詞家、作曲家が命の炎を削って生み出しているものなので、特別な意味なんてない曲なんて存在しないでしょうけれども。

「12月の雨の日」は、松本隆が作詞した曲の中でも、最初期のものです。のちに数々の楽曲の作詞を手掛けることになる天才松本隆ですが、その爆発的なエネルギーが詰まっている頃の曲であるといえるでしょう。

また、松本隆の当時の作詞スタイルとしては、当時アメリカやイギリスで流行していたロックや、フォークロックを参考にしていたようです。この頃はビートルズをはじめ、ピーター・ポール&マリー、ボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、モダン・フォーク・カルテットなど、歴史の教科書に載っているような偉大なアーティストたちが活躍していた時代でもありました。彼らが作る音楽は、現代のヒットチャートでよく見かけるような惚れた腫れたというような曲ばかりではなく、「戦争反対」「核兵器反対」「差別反対」といったような、社会的なメッセージが強く込められた曲が多かったのです。

そんな偉人たちの影響を受けた松本隆による詞は、いったいどんなものに仕上がっているのでしょう?

現代音楽に聴きなれている私たち目線で見ると、「12月の雨の日」は、不思議な詞になっていると思います。

私たちはうっかり、詞の中に、恋愛要素を見出そうとしてしまいます。なぜなら、音楽とは、愛を伝えるツールなのですから。ましてやスピッツは、恋愛の曲を扱っているバンドなので、「スピッツなら、恋愛っしょ」みたいな先入観があるひともいるでしょう。でも、そういう目線で眺めると、この詞は、よく理解できないと思います。

詞とは、もっと自由なものです。恋愛の曲以外は曲ではない、としてしまうには、あまりにも勿体ない話です。この時代では、もっと柔軟に、もっと自然に、詞が作られていました。詞が表現できる可能性というのは、現代よりも、もっともっと大きかったのです。

松本隆さんについていえば、「木綿のハンカチーフ」を発表して以降は、求めに応じて恋愛の曲を手掛けていきました。このため、初期の頃の詞の自由さは、いくらか制限されたように感じます。この時代のフォークロックに込められていた、強くて純粋なメッセージ性のある曲たちは、この時代にポンと置いてきたような感じです。

マサムネさんが「12月の雨の日」をカバーしたのは、このあたりの事情が影響しているんじゃないかなと思います。最初期の松本隆の、強くて純粋なメッセージ性。これに魅かれたんじゃないかなと。

歌詞を詳しくみていきましょう。




水の匂いが眩しい通りに

雨に憑れたひとが行き交う

雨あがりの街に風がふいに立る

流れる人波をぼくはみている

この詞が何について描かれているのか、よくわからない人もいると思います。

でもこの詞が「1960年代のフォークロックを参考にした」という前提があると、途端に理解できると思います。詞の天才ボブディランが手掛ける言葉選びに、そっくりです。ボブディランの詞の感じを参考に、美しい日本語で表現してみました、というのが、この詞の正体なのではないのでしょうか。

「雨に憑れたひと」とは、濡れると不快な雨に、感情を支配されている人間と読み解くことができます。この頃は学生運動が盛んでした。大学内で学生がバリケードをはり、警察の機動隊と武力衝突を重ねていました。なんでこんなことをしていたのかというと、「国家や社会の支配層に、我々は搾取されている」と思ったからです。この怒りが、学生たちにゲバルト棒とヘルメットを持たせました。このイデオロギーを、「雨」と表現して、それに憑依されているひとが、街を行き交っている様子を描いているんじゃないかなと。

そして、「雨」があがったら、「風」が吹くのです。

「風」は、この時代では、「時代の風」とか「革命」のように、なにやらすごい雰囲気のあるものとして捉えられていました。詞の中では、あくまでも自然現象として表現されていますが、その裏側では、さきほどの「雨」の使い方のように、なにやら世の中が動くような大事件が起こることを示唆したように思えます。

そして、「ぼく」の立場といえば、街を右往左往している人波を、じっと眺めているだけの人です。この世の中の動きに乗らずに、虚無的に、眺めているだけの人です。立ち入らず、斜めに構えているというわけです。



雨に病んだ飢いたこころと

凍てついた空を街翳が縁どる

雨あがりの街に風がふいに立る

流れる人波をぼくはみている

「雨」という名のイデオロギーのせいで、人々のこころが荒廃している様子を表しています。

「街翳」は、街影のことです。ビルの日陰になっている部分です。さらに穿った見方をすると、「翳」には、手を翳(かざ)すのように、わざと影をつくるという意味があります。この時代は、アジテーションやら、プロパガンダという言葉が流行していました。何が正しいかがわからない時代に、そうやって誰かを扇動し、あるいは扇動されまいとして、人々は必死に生きていたのです。

そんな流れ行く人々を、「ぼく」は、遠くから眺めていました。




という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

この時代の曲の設計思想というのは、現代のものとまったく異なっていると感じます。この詞だけでなく、この時代に作成された曲の数々は、現代の感覚で詞を眺めるだけでは、読み取れないこともあると思います。

この時代の曲の設計思想、そして背景を知っておくことで、詞から得られるメッセージが、ぐっと豊かになると思います。松本隆さんのような天才がこの時代に存在したのは、幸運といっていいでしょう。彼の才能を余すとこなく味わうためにも、もっといろんなことを勉強していきたいなと、この八百屋さんは思います。



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