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初恋の嵐「初恋に捧ぐ」は、あふれる才能を表現した曲だった説。



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、初恋の嵐の「初恋に捧ぐ」について解釈してみたいと思います。

この曲は、初恋の嵐というバンドの楽曲なのですが、カバーしたスピッツほうが原曲だと思っている方もいるのではないのでしょうか。

なぜなら、残念なことに、初恋の嵐としての活躍も半ばにして、ボーカル、ギターの西山達郎さんがお亡くなりになってしまったからです。

「初恋に捧ぐ」は、西山達郎さんの死後、リリースされた楽曲となり、この直後、初恋の嵐は活動休止となってしまいます。

マサムネさんは、彼を悼んで、また彼の才能を惜しんで、カバーをしたいと思うようになったのではないかなと、私は思います。

この曲は、人が最初に恋をするという意味での、いわゆる初恋がテーマなのかと思っていました。が、バンドとしての初恋の嵐の話を追いかけてみると、どうもこの曲においての「初恋」は、意味がちょっと違うように思えてきます。

これは、彼ら初恋の嵐の、才能のことを指しているんじゃないかなと。つまり、「初恋に捧ぐ」とは、「バンド初恋の嵐」に捧げる曲、ということだったんじゃないかなと。

そして、そのテーマは自分たちではなく、第三者であるスピッツがカバーしたことによって、より実効性を持つものとなったのではないのでしょうか。

西山達郎さんの天才性に気が付いていたマサムネさんは、それに気が付いて、この曲をカバーしたんじゃないかなと。

この曲を、そんな目線で見ていくと、西山達郎さんが当時何を想い、何を考えていたのかが、わかってくるような気がするのです。




君の涙が忘れられない 初恋に捧げるナンバー

失くしたものを数えながら 途方に暮れていたのさ

「消えない過去」に見つめられて

痛みごと踊り出す心が行き場を失いそうさ

青い心を失くしながら しがみつく日々を選んだ

そして続きがあるのならば 現在僕が演じるのさ

この詞は、終始「失くしたものを数えながら 途方に暮れている」ことが繰り返し語られています。

サラリーマンでも、この気持ちは理解できるのではないのでしょうか。学校を卒業したばかりの若い人は、希望を胸に抱いて、会社に就職したと思います。人や社会の役に立ちたい、心のこもった接客がしたい、この企業に入ったことを、ひとに誇れるような、立派な働きがしたい。……そんな「青臭い」理想を掲げて、いきいきと就職したはずです。でも、実際の現場はといえば、たいてい、そんな理念とはかけ離れたものです。顧客や利用者を騙して、高い商品を押し売りする営業。なにに使われるのかわからないまま、同じ部品をひたすら作り続ける製造。書類や数字の偽造に手を染めている総務。勝手に法解釈する窓口行政と、その慣習に従う現場。法律に触れなければ何をしてもいい精神で、道徳や理念も捨て去り、利益だけを追求する会社の姿勢に、若い人はビックリするのではないのでしょうか。理想が高ければ高いほど、現実とのギャップに思い悩むと思います。

アーティストの世界も、同じか、それ以上だったと思います。自分たちを売り込むためには、正道も詭道も必要だったでしょう。

この世界で生き残っていくためには、自分たちが理想としていたモノを、いくつも捨てなければいけなかったのです。

「君の涙」は、初恋の嵐のメンバーのことで、西山達郎さん自身も含んでいたのではないのでしょうか。

理想を追い求めた「過去」と、それを捨てた「過去」。それらに自分たちが責められ、追い詰められて、「心が行き場を失いそう」になっています。理想を捨てる必要性を理解しつつも、理想を捨てた自分を許せない。そんな感じです。自分一人が苦しんでいるなら、まだ心の置き場も確保できそうですが、これがメンバー同士となると、またまた難しい話になってきます。「音楽性の違い」だなんて、私たち一般人はよく耳にしますが、これをメンバー同士で整合させるのは、至難の業でしょう。

初恋の嵐は、「青い心を失くしながら しがみつく日々を選んだ」そうです。そして、理想を捨て、抜け殻のようになった自分たちは、なおも「理想があります」というフリを演じながら、ステージに立っている、というわけです。



良くない知らせだけがいつも

うたになる悲しみはもういらないんだ

初恋に捧ぐ 全てを台無しにするような

大切なものを 心に放り込んでくれないか

夢から醒めたいんだ 僕に答えを見せてくれ

「良くない知らせだけが歌になる」とは、スポンサーとかに「こんな曲作ってよ」と断れない話を持ち掛けられたという事例だと思います。自分たちは反骨精神バリバリのロックをやりたいのに、「キラキラした青春の曲を作ってよ」と打診されたら、萎えると思います。でも、それを作らなければいけません。それがお仕事ですから。そうして出来上がった曲が、自分たちの功績として世に公表されてしまうのです。やりたくない曲なのに、それが自分たちがやりたい事だと認識されてしまうのです。これは「悲しい」ですよね。

スピッツにも、これは当てはまる話だと思います。でもスピッツに関しては、繊細な天才性と、嫌な仕事でも受け入れる度量の広さが同居していたので、本人たちもファンも、不幸なことにならずに済みました。私たちスピッツファンは、マサムネさんのロック性を知っていますが、にも関わらず「ロビンソン」や「スターゲイザー」「優しいあの子」などの、スポンサーや事務所のご要望通りに制作したであろう曲もまた、抵抗がないどころか、むしろ喜んで受け入れています。大衆向けのものを作れと依頼されて制作した曲たちについて「本当はやりたくないけど、お金のためにやりました」なんて悪口を、本人たちの口から聞かずに済んでいます。こういうことを聴いたらガッカリするだろうな、というファンの心情まで、ちゃんと理解してくれているからだと思います。スピッツは、めちゃくちゃ度量のあるロックバンドだと思います。

が、これはスピッツが特殊なだけで、ほかのアーティストは違うと思います。特に天才と呼ばれる人たちにとっては、自分の思い通りにならない作品を仕上げることは、耐えがたい苦痛でしょう。

なので、サビでは、「初恋の嵐」に捧げています。何を捧げているのかというと、「全力で自分たちのロックをやりたい」という気持ちです。

自分たちが今その方針でやったとしたら、今までのせっかくの「しがみつく日々」が「台無し」になってしまいますが、でも、これこそが、大切なものなんだ、と叫んでいます。

売れてメジャーになって、チヤホヤされるという「夢から醒めたいんだ」と言っています。同時に、自分たちのロックがどれだけ通用するのか「僕に答えを見せてくれ」と続けています。これは、魂の叫びだと思います。



闇の深さに怯えながら それでも覗き込むのさ

僕の心を全て知りたい 何を取り出せるだろうか?

足りない心 隠しながら

つじつまを合わせても満たされないんだ

ここは、1番の内容と繰り返しになります。青臭い自分と、現実の自分。相反する自分と向き合って、戦っています。

一人称は僕ですが、内容としては自分ひとりが悶々としているというより、バンドメンバーたちが今後の方針をめぐって対立しているような構図が思い浮かびます。バンドメンバーが抱える、本当は聞きたくない「闇の深さ」にも、触れていかなければなりません。メンバーの心が一つになることが、何よりも重要ですから。



初恋に捧ぐ 全てを台無しにするような

大切なものを 心に放り込んでくれないか

夢から醒めたいんだ 僕に答えを見せてくれ

足りない心 隠しながら

つじつまをいくら合わせても

良くない知らせばかり続く

止まらない悲しみを もう捨てたいんだ

「つじつまをいくら合わせても 良くない知らせばかり続く 止まらない悲しみを もう捨てたいんだ」

これは、前述の若いサラリーマンにも、よくわかる話だと思います。理想と現実に揺れる中、なんとか整合させようともがくけれども、結局よくない結果ばかりになってしまう。いっそのこと、理想なんてなければ……なんて、理想を追い求めるのを辞めてしまい、やがては現実にのみ迎合しようとしてしまいます。そんな悩める若人に対して、周りは、それこそ立派な社会人だよ、と、知ったような理屈を並べて、慰めてきたりします。

でも、初恋の嵐が選んだのは、現実ではなく、理想のようです。サビでそう言っています。これは、強いですね。




という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

この曲を、スピッツがカバーする意味についてですが、この曲でなければいけなかった、と、解釈が終わった今になって、思うようになってきました。

「才能あふれるバンドを惜しんでカバーする」という意味もあると思いますが、もしかすると単純に「この曲が歌いたい」と心が動かされたら、カバーしたのかもしれません。

マサムネさんの感性に触れる曲を作れるのは、やはり天才なのだと思います。




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