八百屋さんだけど、スピッツ「魚」の解説に挑戦してみる。~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの名曲「魚」について解説してみたいと思います。

毎度毎度、スピッツの曲を紹介する際に、「名曲の」っていう枕詞をつけていて、そんなに名曲を乱発していたら効果が薄くなってしまうんじゃないかって思っちゃうんですけど、でも事実として名曲なものはしょうがないです。名曲を名曲と言わずして、なんといえばいいんでしょう? そのぐらい、「魚」も名曲です。まぁ、このブログにたどり着いているアナタはすでに、実際、「魚」を聴いていると思うので、「魚」は名曲であるということについては、全然疑っていないでしょうけれども。


いやぁ、でも、私は八百屋さんなので、野菜のことについてはある程度自信があるのですが、こと魚に至っては、まったく自信がありません笑

魚の解釈は、魚屋さんに任せたほうがいいんじゃないかなと思ったんですけど、でもまぁ、八百屋さんは魚屋さんを横目に見ていて、ある程度はわかるんじゃないかということで、やってみることにしました。いやいや、確かに魚のことに関しては魚屋さんのほうが圧倒的な知識量がありますが、スピッツに関しては私もある程度はわかっているつもりなので……。

いざ、解釈にチャレンジです。



この「魚」という曲は、いったい何を歌った曲なのかということですが、私は「魚について歌った曲」だと解釈しました。

なんか意味の通じないことを言っちゃったかもしれませんが、まあ聞いてください。

渚の項目でもお話していますが、この時期のスピッツは特に、タイトルどおりの詞を作ることがあります。「渚」の場合、普通他のアーティストが「渚」っていうタイトルで曲を作る場合、「渚での彼女との思い出」みたいな曲を作ると思うんです。「渚」はあくまでも背景で、メインは「僕と彼女の気持ち」みたいな。でも、スピッツの「渚」は、ほんとうに、波打ち際としての「渚」を詞の中に描いています。だから、「渚」は、「渚について歌った曲」なのです。

同じように、「魚」もまた、「魚について歌った曲」なんじゃないかなと、思ったわけです。「魚に見立てた僕の彼女との物語」ではなく、「魚のように自由になりたいと願う曲」でもなく、あくまでも、「魚」が主体なんです。



飾らずに 君のすべてと 混ざり合えそうさ 今さらね

恋人と 呼べる時間を 星砂ひとつに閉じこめた

最初に、この詞はどう読むべきなのかを、一番最初に教えてくれています。

着目するところは、「今さらね」の部分。今さら、というのは、適切な時期が過ぎ去ってしまったことを指しています。人間の僕と君は、すっごく前の、人類に進化する前の、猿だった頃まで遡ると、もともとひとつの生命だったでしょう。それから僕の先祖と君の先祖が分かれて、ずーっと後の現代になって、僕と君が出会ったわけです。

「恋人と…」の部分も、同じことを言っています。星砂は、砂ではなく、原生生物である有孔虫の殻です。カタツムリとか、ヤドカリみたいなのを想像してみればわかりやすいと思うんですけど、もともと星砂には生命があって、生命が死んで、小さな殻だけが残った状態のことを星砂と呼んでいます。僕と君が恋人である時間というのは、遡れば、この海岸の星砂ひとつから始まった、ということですね。

という感じで、この詞は、ずーっと長い時間を遡り、僕と君が魚だった頃の話をしている、というわけですね。



言葉じゃなく リズムは続く

二人がまだ 出会う前からの

くり返す波の声 冷たい陽とさまよう

ふるえる肩を抱いて どこにも戻らない

前半部分は、繰り返す波の声の様子を描いています。言葉が生まれたのは、長い生命の歴史からすれば、ほんの一瞬の閃光のような時間にすぎません。途方もない長い時間、波はただリズムを刻むように繰り返してきました。冷たい陽をゆらゆらと反射させながら。

僕と君は、波を眺めながら、そんな雄大な話に終始しているのでしょう。

「もしも、違う時代、私たちが魚や別の生物だった頃に、現代の歴史とは違う何かがあったとしたら、少しでもズレが生じていたとしたら、私たちは出会っていなかったか、もしくは、もっと早く出会っていたかもしれないね」

みたいな話に、どちらかともなく、なっているのでしょう。

そんな話をしている彼女の肩を抱いて「もし、もっと早く出会っていたとしても、戻りたいとは思わない。今この瞬間がいい。長い長い生命の歴史の、どこにも戻らない」みたいな話になっているんじゃないのでしょうか。



「きっとまだ 終わらないよ」と魚になれない魚とか

幾つもの 作り話で 心の一部をうるおして

ここは、未来の進化の話をしている場面なんじゃないかなと。これから人間は進化していって、海洋生物になる未来が来るかもしれません。そうなれば、私たち人間は、「魚になれない魚」ということになります。「きっとまだ終わらないよ」とは、人間の進化のことを指しているんじゃないかなと。

これから人間がどういう進化をするかは、今の時点では「作り話」です。そんな話を彼女としている。楽しさが伝わってきます。



この海は 僕らの海さ

隠された 世界と繋ぐ

人間は、宇宙にさえいくことができるようになりました。でも、深海はいまだ解き明かされることなく、今に至っています。

もし、人間が進化の過程で、深い海にさえも潜ることができるようになれば、その隠された謎の世界をも、解明することができるようになるのではないのでしょうか。



鉛色に輝く この海は...

隠された...言葉じゃなく…

二人がまだ 出会う前からの

コンクリートにしみ込む 冷たい陽とさまよう

ふるえる肩を抱いて どこにも戻らない

コンクリートというのは、もともと自然界には存在しない、人間が作り出したものです。これも、生命の進化の過程と言えなくもないでしょう。

また、長い長い生命の歴史において、コンクリートは、現代の今を強烈に象徴するものです。コンクリートという非生命的な言葉を使うことで、僕と君の二人の、生命の進化に関する長い長い話が、ようやく終わりを告げたことを暗示しているんじゃないかなと。




こんな魚の解釈、いかがでしょうか?

恋人同士で、こんな会話をするのは、苦手でしょうか?

こういう専門オタクな会話は、危険をはらんでいます。片方はノリノリでも、片方はウンザリ、みたいな展開が容易に想像つくんですよね。これは生命の進化という知的な会話なのでまだ恰好よく見えますが、もしこの内容がガンダムに関することだったらどうでしょう? いくら良いことを言っていたとしても、相手がウンザリしてしまえば、このテの会話は失敗です。会話の内容というのは、相手の興味をうまく引き出すテクニックが必要です。知っている知識を並べればいいというものではありません。

そういう意味では、この魚のふたりは、会話が弾んでいるんじゃないのでしょうか?

こういう関係って、すごくいいですよね。

深い専門的な知識の数々を、詩のように豊かな表現で会話する。めちゃくちゃ高度な会話を、恋人とさらりとしている。そんな関係に憧れますね。

スピッツの「魚」は、そんな奥深い世界の一端を、見せてくれるような曲なのです。




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