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スピッツ「SJ」は、戦争の曲だった説~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回はスピッツ「SJ」について解釈していこうと思います。


最初にこのタイトル「SJ」、なんのことだと思いますか? 「SJ」についてはマサムネさんが、「なんのことかは秘密です。がっかりされたくないので」的なことを言っていたそうです。

意味を知ったら、私たちががっかりするような内容なのでしょうか?ふむふむ、これは、重大なヒントだと思います。SJを聴きこんでいるようなファンなら、SJの意味を知ること自体に意味が生じます。つまり、たとえどんな内容だったとしても、がっかりするような事態にはなりにくいのです。

「これは、少年ジャンプの略なんですよ」→「へぇ~~!」

「これは、ショップジャパンの略なんですよ」→「へぇ~~!」

「これは、シルバー人材センターのことを歌った曲なんですよ」→「へぇ~~~!」

となり、すぐさまそのタイトルになった経緯を想像したりと、なかなか楽しい雰囲気な結末を迎えそうではありませんか。ファンは、上記のラインナップでは、がっかりしそうにありません。SJには特に意味がない、という程度では、がっかりしようがないのです。

がっかりする、とすれば、我々スピッツファンが想像する、スピッツが手掛けてくれそうな方向性とは全然違う方針で作ったことが露呈した場合です。

この曲は、刀で切り取られた生首がたくさん並べられた曲です」といったらどうでしょう? さすがにドン引きするんじゃないでしょうか。「いや、スピッツは死をテーマにしているっていったけど、そういう方向性じゃないじゃん。死別の辛さとか、死の間際の美しさが、スピッツっぽい曲じゃん。生首とかそういう、リアルなやつを求めてないから……」ってなりますよね。なんか私が思ってたスピッツと違う、ガッカリ~、ってなりますよね。


まあ正直、これから私はSJを、「この曲は、刀で切り取られた生首がたくさん並べられた曲です」という見立てで、解釈をしていこうと思っています。この解釈があってても間違っていても、ファンの方をがっかりさせてしまうことだけは確実でしょう。スッキリ爽快するような解釈ではないのは確かです。

なので、それでもいいよという方は、このままお付き合いくださいませ。


さて、ブログタイトルにありますように、私はSJを、イニシャルではなく、中国の古代象形文字として見てみることにしました。

最初は、何かのイニシャルだと思って、いろいろ考えてみたんですけど、どうもしっくりくるようなモノが見当たりませんでした。みなさんも、そうですよね。

なにより、マサムネさん自身が、「なにかのイニシャルです」とは明言していないようなので、イニシャルではあるものの、イニシャルではない可能性もあるのです。

なので、象形文字である可能性も、あるではありませんか。

「SJ」をぼやーっと見てみてください。なんとなく、「」という字に見えてきませんか? 列という字の左側は、生首または顔を表しています。顔を横からみた図なのです。左端にでっぱっている部分が、鼻にあたります。そして、りっしんべんは、です。列は、刀で切られた生首が規則正しく並べられている様子を示した漢字だったのです。

ちなみに、列と似た字で、「死」があります。これも左側は生首です。右側のヒは、逆さまになった下半身を表します。胴体が切断されて、あらぬ方向に転がっているので、「死」なのです。


これを踏まえて、曲をみていきましょう。




夢のかけらは もう拾わない 君と見よう ザラついた未来

正しいと信じた 歩みが全て 罪なこと 汚れたことだとしても

「夢のかけら」って、何を表しているのでしょう? そしてそれは、拾うもの、つまり、地面に落ちているとのことです。

夏草や兵どもが夢の跡」という、松尾芭蕉の句があります。大志を夢見ながらも、はかなく散っていった兵士たちの遺骸が、夏草が生えている地面の下に埋まっているという句です。つまり、夢のかけらとは、夢をみて戦って散った、兵士たちの遺骨のことはないのかなと。

SJの主人公は、荒廃した国の片隅で、遺骨を集めて葬ることをずっと行ってきた人なのだと思います。もっといえば、亡くなった人の遺体をほったらかしにしているような悪逆な国家に対して、従順に従っていた人、という立ち位置なのだと思います。そんな彼が「夢のかけらは もう拾わない」と宣言しているところから、曲が始まっています。これは、いったい何を表しているのでしょう?

そのあと、「ざらついた未来」をみようとしています。ざらつく、とは、砂埃で汚れている様子とか、滑らかではない様子を表現した言葉です。これは明るい未来ではなく、暗い未来を示しています。

暗く、「罪なこと 汚れたこと」が、この未来に待ち受けています。それでも、その未来が「自分たちにとって、正しいと信じ」ている様子です。

これらを踏まえると、国家に対して反逆を、つまり、武力による革命を企んでいるんじゃないかなと。



蔑みの表通りで 笑顔のコツを覚えたよ

フワフワに癒される リアルな妄想に囚われて

「蔑みの表通り」とは、差別が公然と行われている社会体制のことを指しています。たとえば日本では、差別は禁止されていますが、差別感情は残念ながら残っています。こういった場合、「蔑みの裏通り」となるでしょう。でも、「表通り」にまで蔑みが蔓延している。普通に経営しているお店でも、特定の身分の人間には商品を売らない、など、そういう状況なのだと思います。

そういった社会体制を改革し、どういう身分の人間であっても、フワフワの毛布のように優しく保護するような国家にする、という「リアルな妄想に囚われて」います。

「5000兆円欲しい!」とかは、ただの妄想になります。いくら求めても手に入れることができないので、妄想の世界の中で完結します。これが、「今の社会体制を改革しよう」だったら、妄想とはいえ、支持してくれる人間が多いでしょうから、やがてはリアルなものになっていくかもしれません。そういうたぐいの妄想を、ここではしている、ということです。



そして見つけた そこだけ光り輝いてた 強く抱きしめて

夢のかけらは もう拾わない これからは 僕が作り出すから

さきほど、「夢のかけら」は、死骸だといいました。そしてここでは、その死骸を、「僕が作り出すから」と言っています。

武力革命は、敵の死骸を積み上げることのみで成り立つものではなく、同時に、味方の死骸の上に成り立つものでもあるのです。敵だけが死んで、味方の血は一滴も流れなかった、なんてことはありえないですよね。

さらに、戦闘による死だけではありません。味方同士であるはずの勢力が主導権をめぐって対立し、粛清しあった例もあります。フランス革命では、ジャコバン派、ジロンド派、ロベスピエール派といった連中が、分裂や対立を繰り返しては、処刑者や死傷者を出しまくっていました。こういう犠牲の上に、近代フランスは成立したのです。

怖い話です。この敵味方の犠牲を、「僕が作り出すから」と宣言しているのですから。「SJ」つまり刀で切り取られた生首を、これからたくさん作り上げる、と宣言しているのです。曲が盛り上がる最大のポイントに「SJ」が掛かってくる構成のこの解釈、信ぴょう性が増しませんか?

では、ここで見つけた、「光り輝いてた」ものとは、いったい何なのでしょう? 私はこれは、「哲学」だと思います。社会体制に不満を抱えながらも、それでも従順に生きてきた彼が、どんな犠牲を払っても革命をやろうと意識したのは、革命の哲学に出会ったからだと思います。フランス革命の原動力は、ルソーの「社会契約論」、モンテスキューの「法の精神」といった哲学が担っています。明治維新の原動力は、吉田松陰や横井小楠という哲学者が担いました。

この哲学という光を見つけた瞬間、僕が動き出したのです。僕のポジションは、モンテスキューの影響を受けたダントンであり、吉田松陰に影響を受けた高杉晋作といったところでしょうか。



当たり前に近く さわれた法則も

迷わずに帰るための 小さい道標も

今宵の暖炉にくべて

「法則」とは、法であり、則です。この国において、差別を正当化してきた法律のことだと思います。これを、今宵決行される襲撃にて破壊することを示唆しています。「今宵の暖炉にくべて」つまり破壊し、燃やし尽くすつもりでいます。

同時に「小さい道標」も燃やすと言っています。実はここが、「SJ」が象形文字だったんじゃないかなと疑った部分です。

道という字には、首が入っています。これは、敵の首をもって歩いたことからできた文字です。また標という字にも、首が入っています。票の上部が該当します。下の示という字は、火を表し、敵の首を火にくべている様子を表しているのが、票という字です。単なる漢字の意味としての「小さい道標」を燃やすというのは、あまり意味のない行動に思えます。ですがこれを「死骸」と読み解くと、とたんに意味が通じてきます。

革命により、多くのものが破壊され、多くの死傷者が出ることを意味する場面になります。



高みから もたらされ 幸せなフリができるような

夢のかけらは もう拾わない 君と見よう ザラついた未来

正しいと信じた 歩みが全て 罪なこと 汚れたことだとしても

革命は成功しました。主人公は多くのものを破壊し、多くの人間を殺しました。今まで圧政に苦しんでいた人々は、荒廃し、死体が積み重なっていた街で、歓喜の声を上げました。

革命を主導した主人公は、彼らに対して、笑顔をみせてあげる必要がありました。自分の理想についてきてくれた人々を、がっかりさせないためにです。これはいいことなんだ、正しいことなんだと。

「幸せなフリ」をしなければいけませんし、「ザラついた未来」を作っていかなければいけません。止まることは許されず、どんなことがあっても、絶えず歩き続けなければならないのです。

それが、戦争というものであり、革命というものです。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしょうか?

まあ……お前の解釈は、間違っている! と思うかもしれません。特に、これは恋の歌だと信じている人にとっては、不快な解釈になっていることでしょう。

そこは、でも心配しなくて大丈夫です。「正しいと信じた歩みが全て」でございます。アナタの信じているものが、アナタにとって全てです。アナタがこの歌が恋の歌だと思えば、恋の歌ですし、それを拒むことはできないでしょう。

「SJ」について、口を閉ざしているマサムネさんも、そう考えているのではないのでしょうか。




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