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スピッツ「ビギナー」は、スピッツ自身の話だった説。



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツ「ビギナー」について解釈していこうと思います。

この曲は、ビギナー、つまり初心者というタイトルですが、本当の初心者についての内容ではないと思います。

むしろ、ビギナーの感性にはない、なにやら大御所が持っているような、そんな感性が垣間見えたりしています。これはいったい、どういうことなのでしょう?

この矛盾点から導き出された結論としては、「これは、スピッツ自身のことを表しているんじゃないか」ということです。

スピッツといえば、ロビンソンで大ブレークして以来、こんにちまでずーっと日本のロックバンドをけん引し続けてきた偉大なるバンドです。あいみょんや川谷絵音さんなど、その音楽性に影響を受けたとする有名アーティストも多数います。スピッツ主催の音楽イベントも開催されており、スピッツを慕う多くのアーティストが、それに参加しています。CMやドラマ、映画での楽曲採用も多数あります。スピッツファンは国内外に多く存在しており、この八百屋テクテクのスピッツ関連のブログでさえも、海外からの閲覧があるほどです。日本に関して言えば、彼らの曲を今まで聞いたことないという人のほうが少ないでしょう。

スピッツは、国内でも有数の、大御所とも呼べるロックバンドの一つと言っても、差支えないでしょう

こんな大御所ロックバンドなので、楽屋でソファーに偉そうにふんぞり返って、スタッフに「おい、お茶!」とか要求していたとしても、立場的にはなんら不思議ではない存在なのですが、スピッツのメンバーに関しては、そういう話がまったく聞こえてきません。奢ったところがないどころか、むしろこちらが恐縮してしまうぐらいに謙虚であり続けています。この人間性もまた、ファンを引き付ける力になっているのだと思います。

そんな、大御所でありながらも、謙虚でありつづけているスピッツ。

この「ビギナー」は、その姿勢をもっともよく表している曲なのだと思います。



未来からの 無邪気なメッセージ 少なくなったなあ

あいまいじゃない 優しさも 記憶に遠く

最初の部分ですが、この曲が「ビギナー」というタイトルではなく、「大御所」というタイトルだったら、めっちゃしっくりくる内容なのではないのでしょうか。

部活でもクラブでもなんでもそうですけれども、最初は「これ素敵だなぁ~!憧れちゃうな~!」から始まります。大谷翔平さんに憧れて野球始める人は、「大谷翔平さんみたいに、メジャーリーグで大活躍するんだ」と想像するでしょう。自分がメジャーリーグのバッターボックスに立ち、フルスイングでバックスクリーンに打ち返す。会場からは大歓声。球場の外ではマイクを持ったスポーツ記者とファンが大勢詰めかけていて、球場関係者にガードされながら「すみませんすみません」と足早に過ぎ去ろうとする自分。それに追いすがる多数のカメラのフラッシュ。

中学生の部活の顧問は、新入部員に対して、やる気を促進させるために、こう言うでしょう。「君も頑張れば、大谷翔平みたいになれるよ。その素質あるよ」と。

そう言われたら、みんな信じるでしょう。いやむしろ、たとえ言われなくても、自分には才能があると、信じ込んで練習に励むことでしょう。「俺はどうせ大谷翔平にはなれないんだ…」というテンションで、練習に励んでいる人のほうが少ないと思います。

こんな「無邪気なメッセージ」を信じることができるのが、ビギナーの特権なのです。

でも、それをいつからか、信じられなくなります。自分の実力とか、立ち位置とかが、経験を積みあげることで、はっきりしてくるのです。練習をすればするほど、夢が小さくなっていくのです。

この詞の人は、「無邪気なメッセージ」が少なくなったなあ、と感じるほどには、練習や経験を積み上げてきた人だということです。これはもう、ビギナーではありませんね。

同時に、「あいまいじゃない優しさ」のある言葉を聞くのも、記憶に遠いと言っています。つまり、優しい言葉自体はまあまあ届けられる、幸福な立ち位置にいるのだと思います。「マサムネさんは天才だ!」「スピッツは感動する!」とか。

でも、とうの本人たちは、不安でいっぱいなのです。「俺たちの進むべき道は、これでいいんだろうか……」と悩んでいます。ビギナーの頃は無邪気にズンズン進んでいられましたが、経験を重ねた今となっては、どこに足を踏み入れていくべきか、進むべき道が見えなくなっています。そんな五里霧中の中、「天才だ!」「感動する!」とあいまいな誉め言葉を投げかけられて、さらに進んでいくように要求されています。本人たちにとっては、「いや、どういう曲を作ればいいのか、具体的に教えておくれよ」と困っているのに、聞こえてくるのは、自分たちを惑わす言葉たちばかり。迷子になって道を尋ねているのに、誰に尋ねても「がんばれ!応援してるぞ!」と言われるのが、大御所という立場なのです。これは、誰にもいえない苦しみというやつですね。



だけど追いかける 君に届くまで

慣れないフォームで走り続けるよ

霞む視界に目を凝らせ

ここでの「君」は、野球に例えるなら、イチローであり、大谷翔平でしょう。すべての野球少年は、彼らを追いかけています。もちろん、甲子園の常連校の選手とか、プロ野球選手なんかも、目指しているはずですが、先ほどの話のとおり、練習と経験を重ねる中で、自分の立ち位置が見えてしまっているでしょう。「とても、大谷翔平にはなれない…」と。

マサムネさんもまた、自分の立ち位置が見えています。自分はボブ・ディランになれないし、フレディ・マーキュリーにもなれません。

だけど、追いつけないからといって、走るのをやめてはいけません。追いかけることを職業としたからには、追いかけるべきなのです。野球を職業として選ぶなら、大谷翔平になれるように努力しなければいけないし、マサムネさんはボブ・ディランになれるよう努力しなくてはいけません。「君」に該当する、特定の人がマサムネさんにいるのかはわかりませんが、きっと「ああ、この人にはかなわないな」という人なのだと思います。かなわない、とわかっているけれど、でもビギナーの頃のように、背中を追いかけるつもりでいます。五里霧中となっている自分の進むべき道ですが、霞む視界に目を凝らす覚悟でいます。

この詞においてすごいのは、すでに大御所の立ち位置にいながらも、自分のことについて、まだ「慣れないフォーム」と表現しています。あの天才草野マサムネが、「いやぁ、歌を歌ったり、詞を書いたりするのって、未だに初心者同然だと思う。慣れないんだよね~。どうすれば正解なのか、未だに悩んでいるよ」だなんて。スピッツの曲の完成され具合に強い憧れを抱いている、あいみょんとかが聞いたら、仰天するんじゃないでしょうか? 



存在さえも 忘れられて 夕闇みたいな

暗い街に 火をともす ロウソクがあったよ

ここも、どちらかといえば、大御所側の視点になるかと思います。スピッツは「ロビンソン」や「空も飛べるはず」といった時代に露出が一番多かったのですが、それ以降は注目している人の前には現れ、そうじゃない人の目には映りにくいといった、安定期に入りました。ライブのチケットも、今では人気が再燃して入手困難な状態ですが、難なく取得できた時代もあったのです。アルバム「小さな生き物」のツアーの際は「当日券あるの? じゃあいこっかな~」的なノリで、私も飛び入りでびわ湖ホールに行った覚えがあります。

そんな、一時は世間を賑わすほどの人気になったスピッツも、やがて忘れられて、ひっそりと、人気のない暗い街になりました、という、寂しさを表している一文なのかなと。この寂しいスピッツ村には、誰も住んでいないというわけではないけれども、いったんは有名になった後の、落ち着きっぷりがあるのです。常にヒットチャートを賑わしている有名アーティストと比べてしまうと、「ああ、俺はとても目指した人には成れないな」とため息がでてしまうのではないのでしょうか。

でも、そんな寂しいスピッツ村にも、ロウソクがありました。ビギナー時代に作られた、憧れという名のロウソクです。



だけど追いかける 君に届くまで

ビギナーのまま 動きつづけるよ

冷たい風を吸い込んで今日も

同じこと叫ぶ 理想家の覚悟 つまずいた後のすり傷の痛み

懲りずに憧れ 練り上げた嘘が いつかは形を持つと信じている

あの大御所スピッツが、ビギナーの頃の無邪気な憧れを思い出しながら、動こうとしている様子です。

「理想家の覚悟」とは、いままでの自分が手掛けてきた楽曲のことなんじゃないかなと。ロビンソンは、自分の想いを大勢の人たちに届けることで「宇宙の風に乗る」つまりヒットすることを夢見た曲だと、この八百屋さんのブログでは解釈しておりますが、同じように、マサムネさんの売れたい想いを表した曲というのは、この八百屋テクテクが眺めてきた感じでは、沢山あります。「同じこと叫ぶ」つまり、これらを繰り返し、願いを込めて歌うけれども、夢かなわず、「つまずいて」、「すり傷の痛み」を感じている、というのが、スピッツの現状ですと表現しているのが、この詞なのではないのかなと。

そんな、何度も失敗をしている(マサムネさんにとっては)けれども、ビギナーの頃に夢見たものに「懲りずに憧れ」ています。

ここでの「嘘」は、憧れのことです。ギターを触り始めたばかりの青少年が「ボブ・ディランになりたい」というのは「憧れ」ですけれども、マサムネさんほどの立ち位置を完全に把握した大ベテランが「ボブ・ディランになりたい」と言うのは、さすがに「嘘」になってしまいます。そう認識されてしまいます。

だけど、マサムネさんは、ずーっと練り上げています。この嘘が、いつかは形になると信じて。



幼いころの魔法 心で唱えたら

安らげることもあるけど

ここも、今までの詞と同じように、すでにベテランの域に達しているがゆえに、道に迷って四苦八苦している様子を表していると思います。

なので、ビギナーの頃の夢を思い出すことで、安らぎを得ようとしている、というわけです。

それにしても、憧れを「魔法」と表現しているのも、せつないところです。自分の立ち位置をしっかり理解してしまっていることが、ここでよくわかります。幼いころは、「魔法」ではなかったはずです。憧れとか、目標とか、そういう実現可能なものとして表現されていたはずです。でも、ここまできて、自分の実力が自分でわかってしまった。なので、「魔法」になってしまっているのです。




という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

たぶん「ビギナー」というタイトルからして、何かをはじめるきっかけとして、この曲に背中を押されたスピッツファンも多いのではないのでしょうか。ちょっと運動をはじめよっかな、ダイエットはじめよっかな、という時に、ビギナー聴きながら走ると、なかなかいい感じではないのでしょうか。

私が解釈した内容としては、これはスピッツ自身の内面を表しているという結論に至りましたが、今まで通り、応援ソングとして受け取っても構わないと思います。解釈は自由ですし、なにより私自身も、運動するときは、「ビギナーのまま動き続けるよ~」と頭の中に流しながら、やると思います。

自分にとって、都合のいい解釈をしていくことが、詞の楽しみ方のひとつだと思うのです。

もちろん、スピッツの内面説であってもなくても、よいと思います。



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