スピッツ「ハチの針」は尊王攘夷の曲だった…?~スピッツ歌詞解釈~

更新日:2月3日



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの名曲「ハチの針」について解釈していこうと思います。


最初に聴いたときは、「なんだこの曲は??」と思いました。

でも、しばらく聴きこんでいると、意味は別に気にならなくなりました。

曲はとてもカッコいいので、意味なんて考えなくても楽しめるんですよね。「ハチの針、かっこい~~~!」って。

でも、こうして改めて歌詞を眺めてみますと、さっぱり意味がわからない詞ですよね。


スピッツの詞の意味を解読していく上で必要になってくるのが、「なんでこのワードを使ったん?」ってことです。

普段の詞にはあまり使われない言葉がでてきたら、それはその場のノリで使ったのではなく、あえてその言葉でなくてはならなかった、ということです。ということはつまり、変な言葉が出てきたら、そこに特に注目してやれば、解読のヒントになるというわけです。「猫になりたい」は死者を弔う曲であったことは、「霊園」というワードから連想できますし、「さわって・変わって」がホークスのことを歌っているということは「天神駅」というワードから連想できます。「霊園」も「天神駅」も、普通の詞にはまず出てきません。だからこそ、詞全体をけん引するような、強力なワードとして採用していたんですね。

ハチの針の詞を眺めてみると、普通の詞には使われないワードが山ほど出てきます。タイトルにもなっている「ハチの針」をはじめ、「松明」「LOL」「ゲンゴロウ」「マインドゲーム」「ピースマーク」

これらのワードに込められた意味を見つめることで、この詞がいったい何を表しているのか……。


これは、アメリカに支配されている日本の、アメリカに対する反抗心を表現した曲だという結論に至りました。



耳塞ぐ手を離して聞いた 魔女の予言

怖がるほどの地獄ではなく

分かれ道 松明もってより暗い方へ

子供の顔で鈴の音を待つ

予言を聞いた時期、つまり、この詞の主人公が生きていた時期がまず明らかになります。戦前もしくは戦後です。アメリカと日本が戦争した、太平洋戦争前後です。

予言の内容は、こうです。「日本は戦争に負けたアメリカの占領下になり、アメリカが政治を支配するようになる。武器は取り上げられ、指導者は裁判にかけられる。一方で、一般の国民に対しては危害は加えないだろう。士農工商男尊女卑が色濃く残っていた日本を解体して再構築し、誰もが平等に平和に暮らせる国にする。その平等や平和の代償として、日本国民は、アメリカに対する反抗心を失い、日本を滅ぼしたアメリカに従順になっていくだろう」

この予言を聞いた主人公は、ほっとします。戦争に負ければ、略奪強姦が当たり前の時代です。アメリカによって蹂躙されていく地獄を想像していたのでしょう。

でもアメリカは、日本が再び国として立ち直っていけるよう、逆に支援してくれるというのです。別に親切心からではありません。軍事力で押さえつけるよりも、政治的、経済的支配にしたほうが、より効率的に支配が行えることを、アメリカは知っているからです。

これを予言の中で知った日本国民である主人公は、アメリカ人に対する反抗心を胸に秘めます。「アメリカに迎合するか」と「アメリカに反抗するか」の分かれ道で、より未来が暗い方を、主人公は選択するのです。

「松明」も「鈴」も、神事に使われる道具です。この頃に盛んだった日本神道を指します。子供の顔で、という部分は、タイトルの蜂の生態に通じてくる部分です。親は誰か、というと、この場合肉親のことではなく、次の項目にでてくる女王蜂のことを指します。



どうしたらいい? これでもいい? ハニー どでかいヤツの足下

僕のこと捕まえたいとか なぜ?

そんなのもうバレバレ キザに 狂った今を生きていこう

ハチの針だけ隠し持って イキがれ

ハニーとは、女王蜂のことで、ハチの針を隠し持っている主人公は兵隊蜂です。この関係を詞のテーマに当てはめてみると、ハニーは天皇陛下ということになります。昭和天皇のことですね。陛下に、「私たち国民はどうしたらいいでしょうか? アメリカに従うべきなのでしょうか。それとも逆らうべきなのでしょうか」とお伺いとたてています。「どでかいヤツ」とは、もちろんアメリカのことです。

主人公は、アメリカに反抗することをひそかに決めました。でもその反抗心は、摘発の対象です。危険思想として認識されていますからね。しかもアメリカ人ではなく、同じ日本人が、それを取り締まってきます。日本のために、天皇陛下のために、活動をしようとしている日本人なのに。「なぜ??」って気持ちにも、本人たちからしたら、なります。

こんな社会を、「狂っている」と、主人公は認識しています。今現在もアメリカの言いなりになっていることに何の疑問も抱かない日本。そして、「アメリカとの関係はおかしい」などと主張すると、すぐに「危険思想だ」と思われてしまう日本。そんな今を生きていくには、どうしたらいいのか。「危険思想」を「隠し持って」いくしかないのです。日本人としての誇りは、表には出さずに、隠し持つべきものなのです。隠し持ちつつ、いざとなったら牙を剥く。そんな強かな生き方をしていこう、と言っています。



賢そうな物腰で 話しかける亡霊

バカにもわかるように導かれる

でもすでに気づいちゃったんだ 甘い声の向こうで

ウラハラな汚れているLOL

「亡霊」とは、本当の亡霊のことではなく、「戦後にも関わらず、大和魂を未だにもってる人」という意味なんじゃないかなと。この、古い価値観のために、主人公たちは、アメリカによる占領という現実を受け止めきれずにいます。

「甘い声」というのは、「平和、平等」というアメリカ型の思想のことでしょう。アメリカに施された民主主義、自由主義などの思想は、確かに戦後の日本を形作っていくうえでは、なくてはならないものでした。今私たちが平和に暮らせて、男女が平等で、教育を受ける権利があり、職業選択の自由があるのは、アメリカのおかげです。

同時に、アメリカにも思惑がありました。予言者の言う通り、日本にアメリカ型の思想を広めることで、日本を骨抜きにしようと考えたのです。ゴシップ、娯楽、ギャンブル、酒、たばこ……いろんな快楽が日本に溢れました。日本は喜んでそれらを享受する一方で、アメリカは陰で「LOL」と笑っているのです。これで日本は、アメリカに従順になることでしょう。



凄いよ 泳げるの? ハニー 滅びてなかったゲンゴロウ

バラバラがまとまる 反抗の風

虹よりさらに鮮やかに くすんだ空を彩る

光の玉打ち上げ ワザと見つかれ

ゲンゴロウというのは、昔は日本に多く生息していた虫ですが、アメリカザリガニなどの外来種によって絶滅危惧種になってしまいました。

この表現は、アメリカによって滅ぼされてしまったはずの大和魂が、いまだにこの日本に息づいているということを示唆しています。

それぞれ、バラバラに活動していた尊王攘夷運動が、ひとつに団結して、アメリカの支配に対する反抗をおこす、という表現です。

光の玉をうちあげるように、「おれは日本人だ!」と堂々と主張してみよう、と言っています。



シラフで恥を投げ捨て宣言しましょう!

そんで最低限君に届けばいいなと

だから邪魔をしたいんだったら勝手にやっとけ

しかし僕らにゃ通じないよその頬のマインドゲーム

消せない胸のピースマークと夕陽の色

忘れないだろうキラめいた汗と希望

この「宣言」はなんのことかというと、流れ的には、「おれは日本人だ! 大和魂だ! アメリカの支配は許さねえ!」ということを公言することなのかなと。

シラフでそんなことを言おうものなら、「うわ……危ない人だ……」とドン引きされてしまうでしょう。そんな恥をかいてでも「日本人」であることの誇りを大事にしたいということです。

「君」はこの場合、好きな女性とか、そういう次元の話ではないでしょう。同じ思想を持つ日本人か、ハニーである天皇陛下のことなのかなと。

このテの思想を持つ人に対しては、いろんな説得方法があります。「いやぁ、でも僕たちが平和に生きれるのは、アメリカのおかげだよ」とか。「戦争に負けたから、今の日本があるんだよ」とか。

でも、そういうのと議論しても、議論にならないんですよね。それぞれ、自分の主張が正しいと思っていますから。だから、勝手にやっとけ、と切り捨ててしまっています。

次に出てくる「夕陽の色」は、本物の夕陽の色ではありません。原子爆弾投下による、広島と長崎の爆発時の色のことです。直前のピースマークで、それだとわかります。ピースマークは、核軍縮のことですから。アメリカは、日本に原爆を落としておきながら「日本に原爆を落としたのは正しいことだった」と主張しています。その一方で、核軍縮を訴えるという、良識的なことを世界に向けて発信しています。この破廉恥さは、どうでしょう? 

そして、そんな破廉恥なアメリカに対して、何も思わない日本人がほとんどです。でも、主人公たちは、この思いを忘れないだろう、と言っています。




こんな風に解釈してみましたが、いかがでしょうか?

ずいぶん思想的な解釈になってしまいましたが、受け入れることが難しいでしょうか。

大丈夫です。私も別に、「うむっ、マサムネさんの思想は正しい! アメリカ憎い!」だなんて、思っていません笑

音楽と思想は、分けて考えるべきものです。分けて楽しむのが、良識ある大人の、楽しみ方です。同様に、歴史、文化、宗教……すべてにおいて言えることですが、自分が信じる思想と違うからといって、それらすべてを否定するのは違いますし、また逆にすべてを肯定するのも違います。「この人は好きじゃないけれど、この部分はすごいと思うから、採用しよう」という就職面接官がいるのは普通のことです。福井県はその昔、織田信長に滅ぼされてしまいましたが、それで清州市民を恨むことはありません。

また「ハチの針」の構造の難解さは、あえてそう作っているフシがあります。この曲を聞いて「あっ、戦争の歌だ!」とすぐにわかってしまったら、まずんですよね。本当に過激な人に目をつけられて「ほれ! マサムネさんもそう思ってるやんけ!」って扇動されたら、イヤですからね。いやいや、冗談みたいに言ってますけど、第二次世界大戦時は、音楽や芸術が戦争に利用された例なんて、いくらでもありました。戦争までいかなくても、そういう捉え方をされたら、ファンも困惑するでしょうし、マサムネさんも迷惑するでしょう。

でも、難解に作ったおかげで、まさかこの詞が戦争の詞だ、と気が付いた人は、誰一人としていないのではないのでしょうか。

いやそもそも、私が勝手に「戦争の曲だ」と言っているだけで、本当は男女のラブストーリーの話だったり、するかもしれません。恥をかくのは、私一人です笑

なので、どちらにせよ、こういう取り扱いが難しい解釈は、こういう目立たない八百屋さんのブログの中に、そっと収めておく、というぐらいが、ちょうどいいのかもしれません。




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