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スピッツ「エンドロールには早すぎる」は、アニメを賞賛する話だった説。




こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツ「エンドロールには早すぎる」について解釈していこうと思います。

まあ、どういう場面を歌った曲なのかは、一目瞭然ですよね。何かが終わるタイミングでの、やりきれなさとか、感動とかを伝えたい曲なんだと思います。

というと「大切な人との別れ」を想像しがちですけれども、どうもそんな感じでもなさそうです。いや、そんな感じに解釈したくない、という、個人的な感覚の問題かもしれません。私は、この曲を、別れの曲だとは解釈したくないと思っています

やたら明るいし、「パンパーン!」って手拍子なんかをしちゃっているし。男女との別れのシーンは辛いはずなのに、なんであえてその場面をスローにして、悶え苦しんでいるのか、とか。

別れの曲だとするなら、曲調と詞の意味がこんなに乖離しているのは奇妙なんです。

でも、別れの曲でなかったら、いったい、なんなんだ、ということになりますよね。

この矛盾を解消するような解釈って、ないものだろうか、と考えた末、ひとつの結論に至りました。

そうです。この曲は、物語を観ている人の話だったのです。

そして、エンドロールとは、本当に、エンドロールのことだったったのです。エンドロールを眺めて、「ああ、もう終わりか…この続きを見たいなぁ…」と感傷に浸っているシーンなのだと思います。

歌詞を順番に見ていきながら、この説を検証していきましょう。




映画でいうなら 最後の場面

終わりたくないよ スローにして

こんな当たり前が大事だってことに

なんで今気づいてんの?

最初に「映画でいうなら最後の場面」ということで、暗に「これは映画の話ではありません」と言っています。ということは、これは現実の話なんだね、と誰もが解釈すると思います。

でも、映画以外の物語だという解釈もできることに気が付きました。例えばアニメや連続ドラマなどは、12話あるいは24話で一つの構成となりますが、1話1話ごとにオープニングとエンディングが挟まります。最後の最後になって、エンディングの状況に応じて、エンディングの曲がすこーし長く放映されたり、されなかったりします。

単にエンドロールというと、例えばアニメでいうところの1話目や2話のエンディング曲にも引っかかってきます。でも「映画でいうなら最後の場面」という注釈をつけることで、「アニメでいうなら、最終話のエンディングのことです」と言っているというふうにも解釈できます。

「こんな当たり前が大事だってことに なんで今気づいてんの?」とは、アニメを見ているマサムネさんの心情を表しています。何に感動しているのかというと、たぶんですけど、作画の美しさとか、声優の演技とか、物語のプロットとかに対してだと思います。

アニメ視聴に慣れていない人にとっては、アニメの内容は、記号になりがちなのです。ただの情報、といってもいいかもしれません。アニメに慣れていない、いわゆる「素人」ほど、そうなりがちなのです。男の子役と女の子役がでてきて、関係を説明されて、そのうえで物語が進行していく。視聴者は「ここが、こうなって、こうなるのね」という、まるで歴史の教科書を眺めているかのように、記号を追い続けていくことになります。その作業は、歴史の教科書を眺めつづけているかのような、退屈な行事になりがちなのです。

ところが、このアニメは、めっちゃいい作品だったようです。でも、いい作品ほど、いい作品だと気が付くのって、たいてい最後の最後なんですよね。最後の最後で、ああ、観てよかった~、って思うわけです。アニメの面白さに気が付くと、連鎖式にいい部分が見えてきます。プロットに気合が入っているということは、全部に気合が入っているはずだからです。作画も綺麗だし、声優もいい演技しています。いい作品を、いい作品にしようという、スタッフさんの意気込みが、画面越しに伝わってくるのです。特にマサムネさんみたいな感受性の強い人だったら、それをすぐに発見できるでしょう。

どうも、マサムネさんは、最後の最後になって、視聴していたアニメの、作画の美しさとか、声優の演技とか、物語のプロット力の高さに気が付いたようです。「あ~~これはいい作品だったんだなぁ! なんで俺、今になって気がついてんの?? 作画の美しさとか演技とかあまり気にせずに見ちゃってたから、もう一回見返さないといけないじゃん!」という気持ちになっている、そんなくだりなのだと思います。



二人浜辺を 歩いてく

夕陽の赤さに 溶けながら

エンドロールには早すぎる 潮の匂いがこんなにも

寒く切ないものだったなんて

ここの「二人」は、アニメの中の登場人物ということになります。浜辺にいるのも、潮の匂いを感じているのも、画面の中の二人だというわけです。

一方のマサムネさんは、モニターの前にいます。ソファーにでも座って、コーラ片手にピザポテトでも口にしているのではないのでしょうか。でも、最後の場面になって、ぐっと来ています。普通だったら、「潮の匂いが寒く切ないもの」だと感じることができません。いや、マサムネさんの感性なら、そう感じることも可能かもしれませんが、この場合は、アニメの主人公が岐路に立っているのを観客として見せられて「ああ、潮の匂いって、こんなに寒く切ないものだったって、教えられたよ。自分では気づけなかったな~」と、アニメへの感動とともに、学習した場面なのではないのでしょうか。

海とか夕陽は、むしろ現実世界でこそ、記号化するものなのだと思います。海や夕陽は、ただ眺めているだけでは、ただの海や夕陽です。でもアニメにて、情感たっぷりの作画を見せつけられて、「この夕陽や海は、すごい綺麗だなぁ。この場面に、めっちゃ相応しい感じ。感動するなぁ……」って感じたのだと思います。人の手が加わっているアニメだからこそ、感じることができた感覚なのだと思います。



気になるけれど 君の過去には

触れないことで 保たれてた

そんで抱き合って追いかけっこしてさ

失くしそうで怖くなって

ここは、アニメ特有の演出だと思います。物語において、登場人物の過去がキーとなる場合が多いのですが、序盤にはそれが小出しにされます。ある程度まで進むと、「これ以上、あの子の過去は追及するな」だなんて、まるであの子の過去を追及してくださいと言わんばかりの演出までなされたりします。

現実では、ないとは言えませんけれども、二人の恋愛において、過去が現在にめちゃくちゃ影響している事象なんて、あまり見かけないことです。

君の過去を知らずにいれば、今までどおり仲良しでいられる。でも物語の進行上、どうしても過去に触れなくてはいけない状況になっている。いったい、どうなっちゃうの? ドキドキハラハラ……、そんな場面なのだと思います。



着飾った街 さまよってる

まつ毛に風を 受けながら

エンドロールには早すぎる イルミネーションがにじんでく

世界の果てはここにある

ここも、一番の歌詞と同じく、アニメの中の場面なのだと思います。イルミネーションがにじんでいく場面は、アニメの技法です。

なお、「まつ毛に風を受けながら」の部分ですけど、男性はまつ毛があまり長くないので、風を受けているなと感じることはあんまりないんじゃないかなと。この話を女性にしたら「女性だって、まつ毛に風を受けることできないよ。できるとするなら、まつ毛の長い、マサムネさんぐらいでしょう」と言っていて、あっ、なるほど、と思いつきまして。もしかすると、これは、現実の人間の感覚ではないんじゃないかなと。一方で、アニメではまつ毛を強調して描かれます。その細かいまつ毛が、風を受けている表現があったとするなら、よっぽど細かい作画だと思いますし、よっぽど細かく見入っているんじゃないでしょうか。

「世界の果て」は、アニメのエンディングの場面がこの場面だとするなら、まさしく文字通り、そこは世界の果てと言えるでしょう。



あんな当たり前が大事だってことに

なんで今気づいてんの?

おかまいなしに めぐりくる

季節が僕を 追い越しても

エンドロールには早すぎる 君のくしゃみが聞きたいよ

意外なオチに賭けている

1番と2番の歌詞はアニメの中の話でしたけれども、ここはマサムネさん自身のことだと思います。

「季節が僕を追い越しても~」は、「あれから何年も立ったけれど、いまだにあのラストが感動したのを覚えているなぁ。あれで終わりなのは寂しいなぁ。続編でないかなぁ」と思っている場面なのではないのでしょうか。「君のくしゃみが聞きたい」とは、あのアニメで、あのキャラが普段どおりの会話をしている場面がもう一度見たいな、と思っているところなのかなと。「意外なオチ」とは、「続編が決定しました」という知らせなのではないかなと。



実は「エンドロールには早すぎる」に対する違和感を、ずっと抱えておりまして。

というのも、この曲を、「男女の最後の別れのシーン」だと考えていたので、細部に潜む違和感を、ずっと解決できずにいたのです。最後の最後に「意外なオチに賭ける」って、なんだろう? とか。ブログの最初に述べた、苦痛なシーンのはずなのに、スローにしたりとか。

まさか、自分自身の別れのシーンなのに「感動した!」とかいうはずもないです。マサムネさんが、芸術の悪魔に魂を売り渡した、奇人になってしまいます。

なんとか、この曲を、別れ話以外の内容に解釈できないか、と、だいぶ悩んだ末に、こうなりました。エンドロールは、文字通り、エンドロールのことだったことにすれば、どうでしょう。

そう解釈すれば、マサムネさんの詞の自由度の高さが、うかがえると思うのです。マサムネさんが表現する世界観が、もっともっと広がりを見せてくれるような気がするのです。





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