「スピカ」のすごいところ



「スピカ」は、スピッツのシングルです。かの有名な名曲「楓」とカップリングされた曲で、アルバム「花鳥風月」に収録されている曲でもあります。

当時の触れ込みでは、「楓もスピカも両方A面です」と言われており、またシングルの表紙も両方表みたいな感じになっていました。でも、CDを聴き始めると楓のほうが先に演奏されたこともあって、世間では「あのCDは楓がA面だよね」という認識になっていたようです。実際、カウントダウンTVとかでは、楓ばかりが取り上げられていたように思います。



しかしながら。

このスピカの登場は、ちょっとした分岐点になった曲なんじゃないかなと、今までスピッツの曲を聴いていた私などは思ったわけなんです。

というのも、これまでのスピッツの曲というのは、どこか「夢の中の世界に逃げよう」みたいな曲が多かったんです。嫌な現実から逃げて、フワフワした気持ちのいい世界に行こう。みたいな。その気持ちのいい世界は、実は死後の世界を示唆していたりなど。こういうと、初期のスピッツを聴いている方なら、思い浮かぶ曲は一曲や二曲ではないと思います。たくさんあります。

「夢の世界に逃げよう」という形の曲は、いわばスピッツのもっとも得意とする作りです。



でも、このスピカの前向き具合は、どういうことでしょう?

今までの後ろ向きなスピッツの世界観とは、全く違う世界観で作られた、いわば謎の曲だったのです。



もう一つ印象的なエピソードがあります。同時期に発表されたアルバム「フェイクファー」に、スピカが入っていないのです。

楓はもちろん入っています。フェイクファーの、寒さと温かさが入り混じったような雰囲気を決定づける、もっとも重要な曲として機能しています。

これについては、のちの「花鳥風月」のインタビュー(だったかな)にて、「スピカはフェイクファーの雰囲気にあわないから、いれませんでした」とサラっと述べられています。当時なにも知らない高校生だった私はそこで、「アルバムって、ただ曲を入れてるだけじゃなくて、雰囲気とかを大事にしているんだ。だからあえて入れないこともあるんだ…すげーや」と衝撃を受けた記憶があります。



言われてみると、やはり雰囲気に合わないというのも、わかる気がします。

徹底的に前向きであろうとするスピカの姿勢は、ファイクファーの冷たさの漂う幻想的な雰囲気には合わない感じがします。

これは、やはりスピカは、当時のスピッツからすると、かなり特殊な曲だったことが伺えます。

どう特殊なのか。それを挙げていきたいです。




1、ですます調

歌詞全体が、ですます調になっています。スピカの特徴といえば、まずこれが真っ先に思い浮かびます。

なんで、ですます調にする必要があったのでしょう。

たぶん、「この曲は今までの曲とは違います」ということを明確に示したかったのではないのでしょうか。もっと言えば、「鈴虫を飼う」「魔女旅に出る」「ナイフ」「田舎の生活」など、目の前に相手がいるのかいないのか、はっきりわからない曲を作ってきたスピッツですが、その点、ですます調にすると、誰かにメッセージを伝えたいという、明確な意思を示すことができます。

スピカは、自分の殻の中で反響する曲ではなく、特定の誰かが目の前にいて、その誰かに自分のメッセージを伝えるための曲なのです。




2、割れ物は手にもって運べばいいでしょう

もう一つ、初期スピッツの特徴として、応援歌がないということが挙げられます。閉じられた世界の中で、二人で彷徨うような曲を作るスピッツに、そういう方向性の曲を期待してもしょうがなかったのですが、当時のミスチルとか、B’zなどの活躍を横目で見て、「スピッツも応援歌みたいなのを作ればいいのに」と思っていたりもしました。

そこに、スピカがでてきました。ミスチルが「いい事ばかりではないさでも次の扉をノックしよう」とかカッコいいことをバーンって言ってる時に「割れ物は手にもって運べばいいでしょう」です。スピッツらしい、控えめな応援です。

若い人には、ミスチルの「次の扉をノックしよう」が刺さると思います。嫌なことをはねつける勢いで、ドンドン前に進んでいく感じが響くんじゃないでしょうか。でもこう、歳と経験を重ねると、スピッツの言い方のほうに気持ちが傾いてきます。スピッツは、前に進むための応援歌ではなく、失敗しても大丈夫だよとだけ言ってくれる応援歌です。

長い間、自分だけの世界に閉じこもって優しい曲を作り続けて、その殻を破って出した結論が、この応援のスタイルだったのでしょう。

それが、このフレーズに現れていると感じます。




3、幸せは途切れながらも続くのです

ここも、過去のスピッツからは出てこないフレーズだなと感じます。

自分の殻の中に逃げているうちは、ずっと幸せな状況なのです。あるいは、性愛や死に関してもそうです。性愛が続いている間は、途切れることのない幸せが続いています。死に関してもそうです。死を迎えることは幸せであるという価値観のもと、曲を作っています。

このように、これまでのスピッツの曲というのは、嫌なことがない世界を表していました。

嫌なことから壁一枚隔てた、平穏な世界を表現していたのです。

でも、スピカは、幸せが途切れることを示唆しています。つまり現実の曲なのです。なんの幻想もない、なまの世界です。

なまの世界には、今まで避けていた負の感情が渦巻いているはずなのです。特に、スピカを作成したこの時期のスピッツは、迷い、悩んでいました。抱えている負の感情も相当なものだったと思います。

でも、「幸せは途切れながらも続くのです」と言い切ってくれています。このあたり、スピカに対するスピッツの想いの強さ、力強さを感じます。負の感情を背負いながらも、それでも正の感情で、現実を見据えて、歩いて行く覚悟が、このフレーズから見受けられます。

また、そんな現実の世界において、「古い星の光ぼくたちを照らします 世界中何もなかった それ以外は」とも言っています。負の感情の入り込む余地のない、とても美しい表現です。今までのことを踏まえて、それでも、こういう、幻想のような美しい世界が現実にもあるんだよ、と言いたいのだとすると、この意味もぐっときます。





どうでしょうか。スピカの歌詞と、その背景から、こんな感じなんじゃないかなと思うことを書いてみました。

スピカ登場以降は、ぐっと、応援歌調の曲が増えてきます。そして、どれも心にずしんとくる名曲ばかりです。

スピカまでの歩みと、スピカ前後での悩み苦しみ、そして、スピカでの前向きな姿勢が、その後の名曲たちを生み続けているのだとすると、スピカの価値もぐんと上がると思います。



スピカ、すごいですね!


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