なぜスピッツの「ローランダー、空へ」はすごい曲なのか

更新日:6月23日



長いことスピッツのファンを続けてきましたが、悲しいことに「ローランダー、空へ」が話題にのぼることはありません。

いや、好きな人は大勢いると思うのですが、やはり他に目立つ子がいると、その陰に隠れてしまう...そんな立ち位置の曲だと思います。

でも、ここで、あえて声を大にして言いたい。「ローランダー、空へ」は名曲です。名曲なのです。


スピッツらしさ、でいうなら、そうではないかもしれません。

のちに発表する、「渚」や「空も飛べるはず」といった、スピッツらしい爽やかさとは真逆にいる曲です。

「惑星のかけら」とか「メモリーズ」のようなロックロック系でもありません。

「楓」とか「若葉」といった、しっとりとも違います。

そんな、どのテイストにも当てはまらない、異彩といってもいい曲でありながらも、スピッツの表現しようとしている、もっとも深い部分が詰まっている。そんな曲が、「ローランダー、空へ」なのだと、私的には思っています。



1、高低差がえぐい

低音からゆっくりはじまり、サビと大サビには綺麗な高音をこれでもかというぐらい披露していています。高低差を使いこなせる人にしか歌えない、難易度の高い曲です。



2、サビの伸びもえぐい

ローランダー、ぇぇえぇえええぅううぅぅううぅうううううの高音が何回も続きます。ここも訓練しないとできない箇所で、非常に難易度が高いです。



3、飛べ と命令している

ハヤテの「間違ってもいいよ」とか、ルキンフォーの「どこまで続くデコボコの道をずっと歩いて行こう」など、スピッツの曲は誰かにそっと寄り添い勇気をくれるタイプの曲が多いです。あるいは、「猫になりたい」とか「鳥になって」みたいに、どこか現実逃避をしたいという欲求が現れている曲が多いです。

でも、「ローランダー、空へ」のこの力強さは、どうしたことでしょう?

飛べ、ではありません。

とべえええええええええええええええええ!!!って感じです。

ローランダーとは、彼ら自身のことでしょうか。私たちのことでしょうか。どちらにせよ、飛ばなきゃいけないという強い意志を感じます。



4、白い翼と白いパナマ帽渚の風を身体に纏っている

どんな表現よりも胸をうつ、この世に存在するファンタジー表現の中でも最高に綺麗なシチュエーションだと思っています。

なにか、抗うことのできないパワーを感じます。

この白い翼と白いパナマ帽渚の風を身体に纏ったら、ぜったい何かが起こるに違いないじゃないですか。少女が纏っているのだとしたら、その先の恋物語が気になりますし、纏っているのが自分だとしたら、何か目標に向かって飛び立ったのか、あるいはたどり着いたのか、ということになります。はたまた、この世の存在ではない、超越的な何かが纏ったのだとしたら、その先にあるのは、生か死か…そういう壮大なものを感じます。



5、棕櫚の星ってどこだろう?

棕櫚っていうのは、実在する植物です。熱帯に生息し、沖縄にいけばいっぱい生えています。雪国である私の福井の実家の庭にも生えているので、わりと強い木だと思います。

結構背丈の高い木です。

棕櫚の星っていう表現は、どこか温かい、南国のようなすごしやすい星をイメージしているのかもしれません。あるいは、天国という意味で言ったのかもしれません。



6、死の曲か、生の曲か

「このまま静かに羊の目をして終わりを待つコメディ」という表現に、どきりとしました。こんなに死に対する表現で、豊かな言葉をみたことがありません。

死は美しいし、死に比べたら、どんな生もコメディのように、醜いものです。

でも、「ローランダー、空へ」は、そのまま死を受け入れて、静かに死んでいく曲なのでしょうか。

棕櫚の星に行くために、翼をまとって飛ぶというのは、死へのあこがれを唄っているのでしょうか。

そういう見方もできます。というより、順に言葉を追っていくと、そういう意味になってしまうでしょう。


でも、これを生の曲だと解釈すると、すごいエネルギーに溢れた曲になります。

いや、むしろこれは、生の曲だと思います。

死の曲だったなら、「飛べローランダー」の後は「棕櫚の星に たどり着くから」となります。飛んで死んだら、天国にすぐにたどり着くことができちゃいますからね。

でも、たどり着くまで、飛べ、です。

飛べたとしても、なかなかたどり着けない場所に、棕櫚の星があるのです。

これは、相当に大変なことを言っています。

だって、棕櫚の星という、どこにあるのかわからない星に向かって、飛べ、って言ってるんですよ。そんな無茶な話はありますか?

なにで飛べばいいかも、どうやって飛べばいいかも、棕櫚の星がどこにあるのかも、誰も教えてくれません。「疑うことなど知らずに 何かに追われて時はゆく」程度の、なんの変哲もない人間に、それをやれと言うのは、なかなかです。


でも、それでも、ひとは、棕櫚の星を目指さなければならないんです。

「それが幸せになる秘訣だから」だとか、そういう軽いものではありません。もっと重い、人間のテーマとして、自分が生まれた意味として、追い求めなければならないものなのです。

それが、生きる、ということです。


「ローランダー、空へ」は、応援歌ではなく、生についてを淡々と歌っている曲だと思います。それはどんな奇跡よりも奇跡で、それを受け止めて生きていかなくちゃいけない。生きる意味を見つけて、目指していかなくちゃいけないという、本当に強いメッセージを感じます。





ローランダー、空へ、はすごい。

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