PUFFY(パフィー)「愛のしるし」とはいったい何なのか?~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、パフィーの「愛のしるし」について解釈していこうと思います。

この曲は、スピッツの作詞作曲を担当しております草野マサムネさんが楽曲提供したことで、当時スピッツファン界隈で話題になりました。というのも、マサムネさんが楽曲提供をした例があまりなく、またパフィーのように世間に大々的に知られたグループへの提供だったためか、大いにヒットしたからです。音楽番組とかでも「この曲はスピッツの草野マサムネが作詞作曲しています」と紹介されることが多かったので、当時のスピッツファンだけでなく、一般の人にもある程度認知されていたことだったのではないのでしょうか。


このように、世間の関心が高かったためか、「愛のしるし」についてのエピソードが、スピッツのアルバム「花鳥風月」の初回特典版に同封されておりました。いや、詳細に曲についての解説をしていたわけでなく、


「この曲を提供するときには、パフィーのお二人を思って作りました、と大真面目な顔をして先方にお渡ししましたが、すいませんあんまり意識してなかったんです。てへぺろ」


的な内容でした。なんやそれ、と当時の私はズッコケましたが、とにかく、曲の内容については、パフィーはあんまり関係ない、とのことだそうです。

このように、草野マサムネが作る詞については、どの曲も、こういう内容なのね、という理解がしにくい作りになっているくせに、ビックリするぐらい後出し情報が少ないために、解釈に困る曲がとても多いです。出会いの歌なのか、別れの歌なのか、それすらもわからない曲もあります。それだけ、聴き手である私たちに、解釈の余地を与えてくれている、ともいえるわけですが。

この「愛のしるし」についても同様です。みなさんは、この曲を、何についての曲だと捉えているでしょうか?

いやはや、どう解釈していても全然いいと思うので、ここでは私なりの解釈を、詞を眺めながら順番にみていきたいと思います。



ヤワなハートがしびれる ここちよい針のシゲキ

理由もないのに輝く それだけが愛のしるし

ここは、刺青をしている部分だと思います。針を使って印を作るのは、刺青でしょう。ここまでは、そんなに難しくないですね。

問題は、何についての刺青をしているのか、ということです。「愛のしるし」だそうです。「アナタへの愛を表すための刺青です」と言っています。これは、どういうことなんでしょう?

現代の若者にとっては、刺青は、カッコよさを表すものとして入れているものだと思います。「龍が如く」に登場するヤクザキャラクターの背中には、龍だったり虎だったりと、その背中には強い動物が描かれています。刺青はなにも暴力団員の専売特許というわけではなく、一般の人にも浸透しつつあります。この場合、タトゥーと言ったほうがマイルドでしょうか。一般人のタトゥーは小さな紋章程度でしょうから。彼らは、何のために身体に刺青を入れるのでしょう? ほとんどは、自分を強く、あるいは可愛く見せるためだと思います。

その一方で、誰かのために、自分の身体に刺青をしていた時代があったのはご存知でしょうか? 自分の腕などに「ケイコ命」とか、恋人の名前を彫るのです。これは、ケイコさん一筋ですよ、と自分にも周りにも宣言する内容となっています。刺青は消せないので、これは相当な覚悟の上でのことになりますよね。今では、○○命、だなんて刺青は姿を消しましたが、「愛のしるし」が発表された当時は、まだ少し風習として残っていたような気がします。テレビや娯楽雑誌などで、その存在を見たことがあります。

「愛のしるし」とは「ケイコ命」という、行き過ぎた愛の刺青を想定しているのかもしれません。



いつか あなたには

すべて 打ち明けよう

少し強くなるために

壊れたボートで一人 漕いで行く

夢の中でもわかる めくるめく夜の不思議

「いつかあなたにはすべて打ち明けよう」と言っています。ということは、アナタには現時点ではまだ、刺青の詳細な内容をすべて打ち明けていないということです。

ということは、この刺青の内容は、相手の名前が彫ってある「ケイコ命」という、あからさまなものではなく、例えば相手にまつわる物だったのかもしれません。相手の苗字が鈴木だったら、鈴を。田中という苗字だったら稲を、というふうに。そうだったとしたら、この内容は、とても関係が深くなった後にカミングアウトするべきでしょう。中途半端な関係の時にやれば、危ないヤツ、として絶縁されてしまうでしょう。自分がたいして意識もしていないのに、いきなり自分の名前が由来の刺青を持った人間が目の前に現れて、「アナタが好きなので、アナタにちなんだ刺青を掘りました」なんて告白されたら、仰天するでしょう。狂気の沙汰です。もはや恐怖と言えます。

ボートで漕いで行く先は、アナタという名前の新大陸です。アナタに好意を持ってもらえるよう、アナタに近づけるよう、頑張って漕いでいるわけです。でも壊れたボートなのが気になります。普通にアナタという名前の岸にいくことを考えたなら、まともなボートを選ぶでしょう。でもこの男は、壊れたボートで無理やり根性でいこうとしています。アナタへの、アプローチの仕方がちょっと強引すぎることが想定されます。アナタという名前の新大陸の岸にたどり着いてもいないうちから、アナタの名前を身体に刻んでしまっているぐらい愛が爆発しちゃっているわけですから。この男の狂気じみた愛を、はたしてアナタは受け入れてくれるのでしょうか?

男の見る夢の中にも、毎晩、アナタがでてきてくれるようです。身体に掘った愛のしるしがそうさせているのか、はたまた、ずっと見続けた夢の内容が男を愛に狂わせて、現実の身体に刺青を施させたのか。とにかく、日を追うごとにアナタへの想いが強くなっていっているのが伺えます。考えれば考えるほど、狂っていく。恋とは、不思議な現象ですね。



ただの思い出と

風が囁いても

嬉し泣きの宝物

何でもありそうな国で ただひとつ

男はアナタとの特別な何かを積み重ねていると信じていましたが、でも客観的にみると、それは違ったようです。周りから見たらそれはどれも「ただの思い出だよ」と。アナタとの距離を詰めるために男は努力していたつもりでしたが、アナタには全然響いていなかったようです。

そんな男を慰めてくれるのは、ただひとつ、男の身体に掘られた宝物である「愛のしるし」だけです。アナタは男の目の前から去って、ただひとつ「愛のしるし」だけが残った。という場面だと思います。この国には何でもありそうで、Amazonや楽天を探せば大抵のものは見つかりますが、自分を慰めてくれるのは、「愛のしるし」ただひとつだということです。



ヤワなハートがしびれる ここちよい針のシゲキ

理由もないのに輝く それだけが愛のしるし

それだけが愛のしるし それだけで愛のしるし

上で述べたストーリーを踏襲すると、一番最初、アナタに関連する刺青を自分の身体に掘った時は、アナタに対する愛で爆発していた時だったでしょう。愛のしるしは、ワクワクの象徴だったわけです。でも最後は同じフレーズでも、意味がビックリするほど変わってきます。

ヤワなハートがしびれるのは、最初は針のシゲキに対してでしたけれども、最後は失恋したことに対して、しびれていたという解釈になります。

理由もないのに輝いていたのは、最初は男の、アナタとの未来を想像したウキウキ感が刺青に宿っていたからですが、最後は男には何もなくなり、刺青だけが残っている状態になっています。刺青だけが、男が恋をしたことを証明してくれているのです。「それだけが愛のしるし、それだけで愛のしるし」なわけです。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

恋に狂う、とは、今でこそ迷惑以外の何物ではないという認識で、誰もが避けたがっております。誰もが迷惑をかけられたくないと思っていますし、迷惑をかけたくないと思って自重しています。好きだという想いを告白することすら、ハラスメントになる時代です。いや、それはそれで、正しいことです。誰にも迷惑にならない、スマートな恋愛ができてはじめて、恋愛として認められるということであり、逆に、他人に迷惑をかけるような恋は、してはいけない時代なのです。窮屈な時代だと感じる人もいるでしょうけれども、住みやすい、いい時代になったと感じる人もいるでしょう。

とはいえ、「恋に狂った人」を理解できるだけの感性は、持ち続けたいものです。なぜなら人間は、恋に狂う生き物だからであり、恋に狂うことで、よい文学や音楽が生まれてきたという背景があるからです。その文学や音楽をよいものとして受け止めるには、苦しい恋の心の動きを理解することが必要となってくるんです。「愛のしるし」だって、私の解釈どおりだとして、もし恋の狂気を理解しない、できない人だったら、「危険で迷惑な人の詞」の一言で片づけてしまうでしょう。それは、勿体ないですよね。

感性とは、育てるものです。感性が育っていなければ、綺麗な石が落ちていても素通りしてしまうものです。文学や音楽を、つまらないものとして素通りしてしまうのも、よいものとして楽しむことができるようになるのも、感性次第です。

その感性が、どれだけのものかを確かめるという意味では、こういう一見狂気な曲は、リトマス紙になると思います。



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