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花*花「さよなら大好きな人」をスピッツがカバーした意味。




こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は花*花「さよなら大好きな人」について語っていこうと思います。

といっても、いつもこのブログでは歌詞解釈をやっているのですが、この詞に関しては、あまり難しくないでしょう。作詞を担当された、こじまいづみさんが「16歳の時に祖父のが亡くなって、その呆然自失とした気持ちを曲にしました」と語っています。そのストレートな気持ちが、詞に素直に表れているとおもいます。

この純粋なストレートさが、この詞の最大の特徴だと思うのです。悲しみのストレートさでいえば、この詞の右にでる曲は、そうそうないと思います。


小説の話になりますが、日本語を自由自在に操れる純文学の文豪ともなれば、ついつい気取った文章で表現しているのを見かけます。例えば、気マズい雰囲気を背景や音、しぐさで表現することで、両者がひとことも会話をしていないのに、「ああ、このふたりは今気マズいんだな」と読者に把握させる、とか。文学には、こういう言葉の面白さがあります。

一方で、これを多用してしまうと、わかりにくい、読みにくい文章になってしまいますよね。「雨が降ったら、雨が降ったと書く」のが、誤解なく読者に情報を送り届けるツールとしての、言葉の本来の正しい使い方なのです。

小説において、自分の幅を広げようと思ったら、気取った文章を書く技術も、誤解のないようにわかりやすく伝える技術も大切なのです。その2通りの技術を状況に合わせてバランスよく使いこなすことで、より楽しい小説になるというわけです。

スピッツの草野マサムネさんが作詞する曲というのは、解釈の幅が広い詞です。先の小説の例でいうなら、気取った文章に相当します。もしマサムネさんが学校指定の教科書をつくる人だったら、受験生は頭を悩ませるに違いありません。市役所で行政事務を担当する人だったら、現場は大混乱でしょう。マサムネさんは詩人だからこそ、のびのびと才能を発揮できるのです。

そんなマサムネさんですが、一方で「雨が降ったら、雨が降ったと書く」ことの大事さもまた、十分に理解しているはずです。

それが「さよなら大好きな人」という、ストレートな詞をカバーした意味なんじゃないかなと。

これまで、解釈の幅が広い曲を意図的に作ってきたマサムネさんですが、「もし、ストレートな歌詞を作ったら、みんなどう思うだろう? もしかしたら、そのほうがウケがいいかもしれない。なので、ちょっとやってみよう」というのが、カバーを試みた動機なんじゃないかなと、私は思っています。

「さよなら大好きな人」という、悲しみをストレートに表現した曲で、自分が過去に作ったひねくれ楽曲に対抗してみた、というのが、彼のやりたかったことだったんじゃないかなと、思います。


この検証結果は、しかしながら、マサムネさんにとっては、効果のほどがよくわからない、というところに落ち着いたのではと思います。

「さよなら大好きな人」が収録されているアルバム「おるたな」の評価欄は、高評価で落ち着いています。ファンの評価も好意的です。「この曲はマサムネさんの声が良くあいます。スピッツバージョンも最高ですね~!」という、手放しで喜んでいる人が大部分です。一方で、「おるたな」の前後にリリースしたアルバム「とげまる」「小さな生き物」の楽曲たちもまた「素晴らしいです!最高です!」の高評価で埋め尽くされています。

どんなチャレンジをしても、「最高です!」と言ってくれるファンがいるのは、とても幸せなことです。でもその一方で、苦笑いしているマサムネさんが思い浮かびます。「ねえねえ、どっちがよかった?」とも聞くわけにもいきませんし。

こうやって、いろいろ悩んで試行錯誤してくれているのが、「さよなら大好きな人」のカバーでわかります。この曲をカバーしたという事実から、そういうふうに想像ができる、というわけです。

こうやって、いろいろ悩んでくれたその先に、数々のステキな楽曲があるというわけなんですよね。



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