スピッツ「夏の魔物」とは、君の姉の肢体だった説~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、もうすぐ夏だということで、夏らしい曲をセレクトしてみようかなと。

ということで白羽の矢が立ったのが、スピッツ「夏の魔物」です。

これ、みなさん、どういう曲だという風に認識していらっしゃいますでしょうか?


普通「夏の魔物」をテーマに曲を作ろうものなら、「夏は楽しくなるからテンション上がって魔物みたいになるよね~」とか、そういうテイストでいくんじゃないでしょうか。あるいは、夏の怪談話みたいな、おどろおどろしい感じにするでしょうか。

でも、スピッツの「夏の魔物」からは、どうもそんな雰囲気を感じません。

さらにいえば、夏の魔物は、君に似ている、つまり、君とは別の存在なわけです。それを「僕」は「会いたかった」、つまり出会えてすらいないわけです。かつて、見えていたものが、今は見えなくなっている。そういう存在が「夏の魔物」だというふうに、この曲は言っているわけです。

なんじゃそりゃ、って思いますよね。

今回は、そんな謎の存在である、「夏の魔物」とはいったい何なのかについて、深堀していこうとかと思います。


といっても、最初にタイトルが出ちゃってるんで、私なりの結論があるわけですが……。

そうです。「夏の魔物」とは、君の、姉の、肢体のことだと思います。

なんじゃそりゃ、姉なんて、歌詞中に一言も出てきてないやんけ、と思いましたか。そうですよね。

順番に歌詞を追って、見ていきましょう。



古いアパートのベランダに立ち

僕を見下ろして少し笑った

なまぬるい風にたなびく白いシーツ

これ、どういう状況かわかりますか?

この時の「僕」は、アパートの一室で寝転んでわけです。自分の家ではありません。君の家です。赤の他人の家の中で、無遠慮に寝転んで過ごすことができるのは、「僕」がまだ幼い子供だったからです。「僕」が幼いということは、「君」もまだ幼いと考えるのが自然です。「君」とは幼馴染で、「僕」が「君」の家に転がり込んで一緒にテレビゲームでもしていたという状況でしょう。

そして、アパートのベランダに立っていたのは、「君」の姉です。「君」と比べて少し大人になった姉は、すぐ隣のベランダで洗濯物を干していました。季節は夏で、ベランダの窓を解放しています。そこに、生ぬるい南風がベランダに吹き付けました。たなびいたのは、洗濯物の白いシーツではなく、その時は白いシーツのように見えた、姉のスカートです。寝転んでいた「僕」には、姉のスカートから伸びる素足の先まで、しっかり見えてしまったというわけす。

この時、見えてしまったものこそが、「夏の魔物」ということなのです。

姉が、僕を見下ろしている状況になっているのは、このためです。そして、「少し」笑ったのは、スカートの中身を見られた、という気恥しさと、少しの怒りと、まあこんな子供に見られても、どうってことないけどね、という侮りが混じった、笑顔だったのでしょう。

一方の「僕」は、動揺を隠しきれません。人生観を揺るがす大衝撃になりました。なんせ大人になった今でも「夏の魔物に会いたかった」だなんて、再開を熱望しちゃっているわけですからね。



魚もいないドブ川越えて

幾つも越えて行く二人乗りで

折れそうな手でヨロヨロしてさ 追われるように

一番最初に、姉のスカートの中を覗いてしまったシーンをバーンと出したのなら、ここもまた、「君」との思い出ではなく、「君の姉」との思い出として解釈するのが自然かなと。

前提が何もない状態でここを解釈すると、二人乗りは自転車のことで、運転しているのは力の強い男の子のほうで、荷台に乗っているのは女の子だという解釈になります。でも、まだ幼い「僕」と、少し大人の姉とだったら、運転しているのは姉で、荷台に乗せられているのは「僕」という解釈をするのが自然です。折れそうな手でヨロヨロしているのは、ハンドルを握っているのが女性の手だったからですね。

荷台に乗せられた僕は、落ちないように、姉の身体に密着し、姉の腰に抱き付いていたでしょう。季節は夏で、お互い薄い服装をしていたはずです。僕は自転車の荷台で、指先から腕全体までを使って、姉の肌の柔らかさを感じていました。

最初の、スカートの中が見えちゃったエピソードに、勝るとも劣らない、幼い「僕」にとっては強烈な体験だったわけです。



幼いだけの密かな 掟の上で君と見た

夏の魔物に会いたかった

ここでの「掟」って、何のことでしょう? 姉と、君と、僕との関係性から眺めてみると、なんとなくわかると思います。

「僕」は「君」と遊ぶために君のアパートにいるわけです。姉は、まったく関係ない存在ですし、関係があってはいけないわけです。「君」に失礼ですし、姉にとっても、幼い「僕」など相手にできないでしょう。それを「僕」がちゃんと自覚しているので、姉にはなるべく触れないでおこうという「掟」になっているわけです。

あと、ここで「夏の魔物」を「君と見た」ということになっています。「夏の魔物」は、君の姉の肢体のことですけど、それは君が見たところで、たいして価値のあるものではありません。当然ですよね。姉妹でしたら、普段から見慣れているものだと思いますし、あの時スカートが翻った光景を一緒にみていたとしても、「君」は対して興味も示さず、すぐにテレビゲームに視線を戻していたことでしょう。だから君に、「夏の魔物に会いたかった」と「僕」が力説したとしても(しないでしょうけれども)君には、まったく理解できない感覚なのです。



大粒の雨すぐにあがるさ

長く伸びた影がおぼれた頃

ぬれたクモの巣が光ってた 泣いてるみたいに

1番は姉の肢体を見た時の衝撃を表現したものでしたが、2番はその姉の肢体が自分のものにならなかったことがハッキリした時の、「僕」の悲しみを表したものになっているようです。

姉はたぶん、誰か「僕」以外の人のものになったのでしょう。遠くで姉と誰か男性が、抱き合ったことで、長く伸びた影がおぼれて沈んだのだと思います。「頃」というふうに言っているということは、すぐそばで見ていたわけではなく、人づてに聞いた話なのでしょう。それぐらい、「僕」と姉の関係は、薄いものだったと想像できます。あれだけ姉に恋焦がれていた自分がいたけれども、なにもできなかった。そういう無念さが、「大粒の雨」「泣いているみたいに」に現れています。

でも、これはすでに過去の話です。遠い思い出となっています。あれから「僕」は歳と経験を重ねて、その時の感情を客観的にみることができています。「大粒の雨すぐに上がるさ」だなんて、姉に対する感情に、一区切りをつけています。



殺してしまえばいいとも思ったけれど君に似た

夏の魔物に会いたかった

僕の呪文も効かなかった

ここでの「殺す」は、姉に対する未練を断ち切る、という意味だと思います。物理的に殺すのではなく、感情を殺す、という感覚で、ここでは使っているのかなと。「殺す」なんて強烈な言葉ですけれども、裏を返せば、それだけ「僕」の中に宿った姉への憧れは、相当なものだったのでしょう。それを無理やり、なだめなければいけないとするなら、もはや「殺す」ぐらいの気持ちでないと難しかったのでしょう。

とはいえ、そうは思ってみたけれども、やっぱり姉に対する思いは捨てきれないようです。姉というか、姉の肢体ですけれども。「会いたかった」と最後まで連呼します。

「僕の呪文も効かなかった」という表現は、僕の絶望を表現するにはピッタリだと思います。よくバトルマンガとかで、魔法使いキャラが強力な呪文を放ってみたけど、相手が強敵すぎて傷ひとつ付けられず「ふふふ、貴様の実力はそんなものか」とあざ笑われるシーンがあると思います。まったく相手にされていない状況がわかりますね。これと同じで、「僕」は実際に姉に想いの丈をぶつけたのかもしれませんが、でも姉には効かなかったようです。「ふふふ、かわいいねボク。もう少し大きくなったら、私よりもっと、もーっと素敵なひとが現れると思うよ?」だなんて、軽くあしらわれてしまったのが、この表現なのだと思います。




という感じで解釈してみましたが、いかがでしょうか?

納得できるようなところ、ありましたか?

まあ正直、姉の表現など一つも出てきていないので、確信とはなかなか言い切れないんですけれども、でも「夏の魔物」に「会いたかった」と熱望している部分から察すると、なんとなく、こういう物語がでてきました。当たらずとも遠からず、という具合になっていれば、いいなぁと思っています。


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