スピッツ「ベビーフェイス」は、悩めるマサムネ自身に向けた曲だった説~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの「ベビーフェイス」について考察していきたいと思います。

この曲のタイトルは「ベビーフェイス」ですが、この語句は、スピッツの曲以外に使われていることが、ほとんどありません。私たちの日常でも使うことがありません。不思議な言葉なのです。

直訳すると「赤ちゃんの顔」という意味になりますが、詞はというと、別に「あかちゃんの顔はかわいいねぇ」的なことは、ひとことも歌われておりません。それどころか、「星になったあいつ」とか、「涙を拭いて」とか、どこか死の雰囲気すら漂う内容となっております。はて、どのへんがベビーフェイスなんだろう? と不思議に思われる方もいると思います。


今回は、そんな不思議な曲である「ベビーフェイス」の、ひとつの答え的なものを発見しましたので、ここに記しておこうと思います。

キーワードは、「ブルーハーツ」です。



ブルーハーツといえば、1980年代後半に活躍した伝説のロックグループであり、マサムネさんは彼らに大きな影響を受けた、と後に語っています。マサムネさんがやりたかったロックは、すべてブルーハーツが先に体現してしまったので、スピッツのロックは別の路線にいかざるをえなかった、と語っています。

こんな、憧れの対象、と簡単には説明できないほど、いろんな感情が詰まっているであろうブルーハーツですが、登場して以降、長くマサムネさんの心に残り続けることになります。

そんな、ブルーハーツに対する思いを断ち切って、前に進むための分岐点としたのが、この「ベビーフェイス」という曲なんじゃないかな、と考察しました。


まず、「ベビーフェイス」というタイトルですが、「ブルーハーツ」となんとなく語感が似ていませんか?

ローマ字表記すると、EBIーHUeと、URUーHです。子音と母音に、一致する音がいくつもあります。また、ブルーハーツの由来ですが、「言葉の意味はないけど、なんかかっこよく呼びやすいものがいいなと思って」つけたそうです。同じように、ベビーフェイスも、マサムネさんが、ブルーハーツに倣って、わざと意味のない言葉にした可能性があります。

「ベビーフェイス」は、ブルーハーツの音楽性に引きずられて、ブルーハーツの真似事をしようとしていた、過去のスピッツを表している、というふうに読み取ることはできませんか?


この、ブルーハーツに影響されまくったロックバンド、「ベビーフェイス」にバイバイして、「スピッツ」として新しく生まれ変わろうとしているのが、この曲なんじゃないかなと思うんです。

詳しく見てみましょう。



Bye bye ベビーフェイス

涙をふいて 生まれ変わるよ Yeah...

Bye bye ベビーフェイス

今日から明日へ かすかな炎を絶やさないでいて

「涙をふいて生まれ変わる」とは、まさに言葉通りです。「ブルーハーツ」の亡霊として彷徨っていた「ベビーフェイス」は、今までのロック人生をまっさらにして、新しいロックグループ「スピッツ」に生まれ変わらなくてはいけなかったんです。

かつ、捨て去ってはいけないものもあります。「かすかな炎」として、絶やさないよう決意しているのは、ロック魂、といったところでしょうか。

ハートは捨てるけど、ソウルは捨てない、という、門外漢からすればトンチみたいな話ですけど、そういう繊細で難しい作業が、この時のスピッツには必要だったということでしょう。



華やかなパレードが 遠くなる日には

ありのままの世界に包まれるだろう

こわがらないで 歩きだせそっと

星になったあいつも空から見てる

「華やかなパレード」は、曲が大ヒットすることを指しています。曲がヒットし、一躍有名人になり、イベントに引っ張りだこ。行く先々で、文字通りパレードのように、観客たちの右や左からのカーテンコールに、マサムネさんたちが手を振って応えることです。すべてのアーティストは、これを目指して日々頑張っています。でも、これが「遠くなる日」、つまり、この願いが叶えられそうにないと悟る日、を指しています。その時はじめて、「ありのままの世界に包まれるだろう」と言っています。今までは、売れるためにどうしたらいいかを考えて考えて、売れるための曲を作って……でも、それじゃあダメなんだと。「華やかなパレード」の舞台に立つことを夢見ることをやめて、自分たちの音楽を見つめなおすことで、本来の自分たちが求めていた「ありのまま」の音楽に立ち返ることができる、と言っています。

「こわがらないで~」は、このまま読むことができます。自分たちの道を模索して、道なき道を行くことは、怖いことです。誰もが、誰かが先に踏み固めた道を行きたがるものです。そのほうが楽ですから。でも、自分たちの道を探すということは、自分たちが先頭に立って、道を踏み固めていくということです。その道を、怖がらず、そっと歩き出せ、と自分を鼓舞しています。

「星になった」とは、ここでは死んだという意味ではなく、「スターになった」という意味だと思います。たぶんブルーハーツのことだと思います。そのブルーハーツが、自分たちを高見から見物している、という状況なんじゃないかなと。



隠し事のすべてに声を与えたら

ざらついた優しさに気づくはずだよ

真昼の夢を壊さないように

星になったあいつも空から見てる

ここの解釈は自信がないんですけど、1番は音楽の方向性についての話でした。2番は、音楽の精神性の話なんじゃないかなと。

自分たちにとって、音楽の題材は、反骨精神でした。何かに反発する思いばかりを追い求めていたわけです。それ以外のことは、「音楽の材料にならないから」と打ち捨ててきました。でも、今まで捨ててきた物事の中には、実は新しい音楽の題材になりうる宝物が沢山隠れていました。この捨ててきたモノたちの声を、拾い上げて聴くことが、新しい音楽においては重要だったわけです。そんな捨ててきたモノの中の「ざらついた優しさ」に気づくことで、新しい領域が開けた、ということなのだろうと思います。

「真昼」とは、ブルーハーツの名曲「青空」のことなんじゃないかなと。真昼には青空が広がっているからです。雨天時や荒天時は、たとえそれが真昼時であっても、真昼とは表現しないですからね。

「青空」は、ブルーハーツのごりっごりのロック精神を見せつけた曲なんですけど、中央の部分は、やはりロック精神でいきたいと願っています。一度追い求めた「夢」を、縮小して見えなくなるぐらいになってしまうかもしれないけれど、「壊さないように」したい。と。この部分はサビの「かすかな炎を絶やさないでいて」と意味が重なるかと思います。この塩梅が、ものすごく難しいんでしょうけれども。



絶やさないでいて 絶やさないでいて 愚かになれもっと

最後の部分です。「絶やさないで」と繰り返しています。生まれ変わり、新しい道を模索することをを決意しましたが、同時に、心に込めたロック精神を絶やさないようにする、と。

これは、一般人にはとても難しいことです。両方とろうとすると、どっちつかずの宙ぶらりんになる、というのがオチでしょう。ロック精神を中心に据えつつ、新しい何かを訴えていく。いわば、職業は魔法使いだけど、棍棒でぶん殴って敵をなぎ倒していく、みたいなことをしようとしているわけです。そんな戦い方をしたら、他の人は笑うでしょう。「愚かだなぁ。君は魔法使いなんだから、炎とかで倒しなよ」と。確かに、普通の魔法使いが、棍棒で敵を殴ったとしても、戦士以下の活躍しかできないでしょう。魔法使いは魔法で、戦士は武器で戦うことが、敵を倒す絶対条件なのです。

でも、棍棒でぶん殴る魔法使いみたいな、アベコベなスタイルになることこそが、新しいスピッツにとって、突破口になると信じているわけです。

なので、自分に言い聞かせています「愚かになれもっと」と。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

ベビーフェイスは、正直あまり注目されない曲だと思います。このアルバムに収録されている曲は、どれも粒ぞろいで、インパクトのある曲ばかりです。そういう曲たちに押されて、つい見逃されがちな曲となってしまっているのではないのでしょうか。

でも、このベビーフェイスには、とても重要なメッセージが込められていました。どんな曲よりも、どんな逸話よりも、雄弁に自分たちの苦しみと、それを乗り越えるための精神性が、この曲には描かれていると思います。



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