スピッツ「まもるさん」は、刑事事件の犯人だった説~スピッツ歌詞解釈~



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの「まもるさん」という曲について、解釈していこうと思います。

この曲、めっちゃ好きなんですけど、歌詞がなかなかに謎めいているんですよね。

「守る」とか言っているわりには、逃げたり、バレないようにビクビクしていたりと、なんか頼りないな~、と、歌詞に違和感を抱いている方もいるかと思います。

「守る」を、君を守る、というふうに使う場合、「危害が及ばないようにする」とか「相手の攻撃に備える」とか「見守る」とか、そういう意味で使われます。

なので、「君に危害が及ばないよう守る」という、実に勇ましい覚悟を表明している曲ではあるのですが、この歌詞を一見する限りでは、なるほど確かに、その態度からは「守る」という意識が感じられませんよね。


なぜ、こんな「臆病仕立て」である彼が「まもるさん」の主人公として採用されてしまったのか。

なぜ、スピッツのまもるさんは、あまりかっこよくない描写ばかりされてしまっているのか。

そう、思っていませんか?


私の解釈では、そういう意見とは、真逆の意見です。

実は、この「臆病仕立て」の彼こそが、誰かを守ることに長けた、誰かを守る態度として実に理にかなった人であり、一見臆病に見える描写こそ、誰かを守る覚悟を表すためには、もっとも効果的な表現だったのです。

そう……彼こそが、本物の、まもるさん、なのです。



また聞き情報には乱されて

いけないことだとわかってるけど

幾度も逃げている バレずに生きている

あとづけ運命にもふてくされて

少しは素直にやろうとするけど

答えはそこになく 道からそれてる

人が人を守るというのは、大変難しい話です。

いや、お金や地位、権力など、強みが始めから備わっている人なら、誰かを守ることは容易に可能でしょう。その強みを生かして、大切にしたい人を助けてあげればいいわけですから。この場合は、特に思い悩む必要などないでしょう。自分が助けたい人かどうかで、助けるかどうかが決めることができます。

でも、何も持たない人が、誰かを守りたい場合は、どうしたらいいのでしょう? お金を全然持っていないけれど、大好きな彼女が病気になってしまい、治療には百万円必要になった。時給800円のアルバイトをチンタラやっていたのでは、とても用意することができない大金。さて、どうしましょう?

こういう状況で、彼女を守るには、非常な手段と覚悟が必要になってくるわけです。「いけないことだとわかってる」ようなことに、手を出す覚悟が、必要になってくるわけです。誰かから「逃げ」なければいけないような、「バレ」たら困るような。

「どうして俺は、彼女を救えるだけの力がないんだ…! 俺は貧乏だし、稼げる学歴も資格もない……」という、「あとづけ運命」にふてくされてはみたものの、自分の境遇を今さら嘆いても、何も解決はしません。少しでも「素直にやろうと」目の前のアルバイトに精をだしてみようとするけれど、時給800円をチンタラでは、「答えはそこにない」と嫌でも気が付いてしまいます。もっともっと稼げるような、何かないのだろうか。

たとえそれが「道からそれてる」ものだとしても...!

そういう悲壮な状況と覚悟が、この歌詞から伝わってきます。



僕にも出来る 僕だけに出来る

君を陰ながら守ります

どんな役回りも いただけるなら

疲れ果てるまで 演じてみるかな

ここのサビの部分、軽やかに歌い上げているんですけど、実はめちゃくちゃ重たい部分なんですよね。

「君を陰ながら守ります」ということは、歌詞の中の彼と「君」は、実はそれほど親しい仲ではないということがわかります。Aメロの「また聞き情報」というのは、「君」が窮地に陥っていることを、また聞きした、ということです。彼女は重篤な病気に侵されていて、その治療に必要なお金は100万円もの大金だということを、人づてに知ったというわけです。

そんな関係の薄い彼女のために、いろいろ悩んだ末に、悪事に手を染めようとしている、という、大馬鹿野郎が、この彼なわけです。

「僕にも出来る 僕だけに出来る」という表現は、まさに悪事そのものを指しています。悪事は、なんの技能もない平凡な僕にでもできる簡単なことです。それと同時に、「悪事をしよう」と決意をしている人間にしかできないことです。彼女を救える人間は……彼女のために悪事をこなせる人間は、この地球上で僕しかいない! という状況なわけです。

「どんな役回りも」という部分ですが、これは「君のそばで、ずっと守っていくナイト的な役割」だと解釈している人がほとんどだと思いますが、これは違います。そんな綺麗でオイシイ役回りなど、誰もが欲しがるに決まっているからです。誰もが争って奪い合う役回りなので、普通の「僕」にその役が回ってくるはずがないのです。誰もがやりたがらない、オイシくない役回りなので、とうとう「僕」のところにまで、その役回りが巡ってきた、というのが、この歌詞から読み取れる内容だと思います。

でも、歌詞の彼は、この「悪事を働く」という嫌な役回りを、彼女を守りたいという、ただその一心で、演じることを決意します。



ダマしのテクだけ小慣れてて

鋭い指摘にも笑っていたけど

心はふるえてる 臆病仕立ての

重ねていた悪事がバレそうになっている場面です。

「あの事件の犯人、アナタですよねぇ?」と、警察の取調室にて、水谷豊や織田裕二、船越英一郎のようなベテランの刑事さんに問い詰められて、内心ビクビクしているシーンです。

この彼は、もともと素行が悪かったわけではありません。ましてや、他人を傷つけて平然としていられるサイコパスなどではありません。社会のルールを守って、清く正しく生きてきた人でした。悪事に手を染めてしまったのは、彼女のための、やむにやまれぬ事情からです。当然、他人を傷つけてしまった痛みも、反省もあります。

とはいえ、まだ後悔をするわけにはいきません。ここで自分が折れてしまっては、「君を守る」という目的は達成できないからです。なんのためにいけないことに手を染めてきたのか、わけがわからないことになります。

とはいえ、水谷豊の鋭い指摘を受けている状況においてもなお、罪を認めず、笑ってごまかそうとする精神状態には、凄まじいものを感じます。自分のためだけに悪事を重ねただけの人だったとしたら、刑事さんの鋭い追求にさらされたら、比較的簡単に根をあげてしまうことでしょう。悪事を認めることのほうが楽だと思ってしまえば、認めてしまうからです。でも、「僕」は、自分がどんなひどい目にあっても、「君」を守ることを心に決めているので、折れません。内心どんなに震えていても、臆病でも、絶対に折れない、折らないつもりでいます。

これが、人を守ることを決意した人間の、心の強さです。



僕にも出来る 僕だけに出来る

君を困らせてよろこばす

どんな状況でだって 幸せの種

傷つきながらも 探してみるかな

この後、彼はどうなったのでしょう?

まず、彼女には彼の悪事はバレていないようです。バレれば彼女は非常に困ることになりますし、喜ぶことはしないでしょう。当然、そんな悪事で得たお金を、使うわけにはいきません。

そもそも、他人に悪事を働かせて自分は無関係というような態度の人を、人は好きになったりしませんからね。たぶん彼女は、彼がほれぼれするぐらい、優しくて綺麗な性根の持ち主だったのでしょう。

彼女に彼の悪事が、バレては絶対にダメだった。

というわけで、たぶん彼は、得意な嘘を最大限利用して、どうにか彼女を胡麻化し通せた、と考えるのが自然ではないでしょうか。彼女がお金に困っていたとして、そんな彼女のもとに「私はアナタのファンです。このお金は差し上げますので自由に使ってください」程度の手紙を添えてお金が送られてきた、というのが真相でしょう。差出人不明のお金に一度は迷うものの、それを使うことが差出人の希望だということで納得して、お金をありがたく使わせてもらった。というのが、彼女側の動向だったと考えられます。これが「君を困らせて喜ばす」の部分であり、また彼の人生において彼女と関わった、唯一の場面です。

一方の彼は、刑事事件の犯人として立件され、今は刑務所にいます。

「どんな状況でだって」というのは、ただの状況ではなく、とんでもない状況に置かれている、ということです。これまでの歌詞をなぞってみると、これはもう、刑が確定して懲役している、と考えるのが自然ではないのでしょうか。

彼は服役しながらも、「幸せの種 傷つきながらも探してみるかな」と思っています。



答えはここにある 深呼吸のあとで

僕にも出来る 僕だけに出来る

君を陰ながら守ります

どんな役回りも いただけるなら

疲れ果てるまで 演じてみるかな

真面目に働いて時給800円の時代の彼は、「答えはそこになく」と嘆いていましたが、懲役刑に服している彼は「答えはここにある」と胸を張っています。

自分がどんな目にあっても、彼女が幸せであればそれでいい、というのが、彼の答えだからです。

この後、1番のサビが繰り返される曲となっていますが、最初の「役回り」が悪事を働く犯人だったのに対して、最後にでてくる「役回り」は懲役になっているという、歌詞は同じでも意味が違う構造になっています。しかしながら、犯人も、懲役も、君のためなら喜んで、疲れ果てるまでやってみよう、とする前向きさが感じられる曲になっています。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

「まもるさん」を自分に置き換えて、「君を守るよ」という口説き文句に使用している人からすれば、この私の解釈はとても受け入れられない、ひどい解釈になったかもしれません。大変申し訳ございません。

しかしながら、あえて言うなら、悪事に手を染めてまで、なんとしてでも君を守りたいという覚悟自体は、とても強いものを感じてもらえたのではないかなと、思っています。

普段の生活を維持しつつ君を守ることとより、犯罪を犯してでも君を守ることのほうが、より君を守っていることになる、だなんてことは決してありませんが、ドラマの犯人の事件背景などに、この「まもるさん」の歌詞を当てはめてみると、より深く楽しめるのではないかなと、思っています。

また、もし、私の解釈に少しでも心が動いたテレビ関係者などおられましたら、ぜひ、船越英一郎が主役の刑事ドラマのエンディングに、スピッツの「まもるさん」の起用を検討していただきますよう、お願い申し上げます。笑



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