悪龍の呪いのせいで、発展できない福井市~本当は怖い福井県~

更新日:2021年12月1日


こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、「本当は怖い福井県」という新シリーズでブログを書いていこうかなと。



みなさん。怖いものは好きですか?

「本当にあった怖い話」とか「世にも奇妙な物語」とか、好きですか?

やんちゃなヤツが、軽い気持ちで心霊スポットとかに入って、ひどい目にあった的な話、よく聞きますよね。

でも、正直そんなのあんまり怖くないです。いや怖いと言えば怖いんですけど、危ない場所には入らないとか、迷惑行為をしなければいいだけの話ですから。回避のしようがあります。

それに、私はまだ幸運にも幽霊に遭遇したことはありません。幽霊をみてビックリした経験がないので、そういうことが言えるのかもしれませんが、老婆の亡霊が出たからといって、あまり怖いとは思わないです。ビックリはすると思うんですけど…

老婆の亡霊よりも、現実のプロレスラーのほうが怖いです。

みなさんはどうでしょう? どっちのほうが怖いですか? 理知的な大人なら、プロレスラーのほうが怖いと答えるのではないのでしょうか。



でも、その亡霊が、悪龍だったら、どうでしょう?

それも、その呪いが1000年以上たっても残り続け、未だに福井市民を苦しめているとしたら……。

怖いでしょ? 怖いですよねぇ?

今日は、この悪龍の呪いと、未だに呪いに囚われ続けている福井市民について、考察していきたいと思います。



時は西暦450年ごろ。現在の越前市に、皇族の子孫である若者がいました。この若者は優れた見識と勇気、そして使命感を持っており、住民の代表として地域のために働いていました。

彼は、越前市の北側の治水事業に乗り出しました。お米の収穫量を増やすためには、氾濫する3つの河川の整備が必要だったのです。

でもこの3つの河川の正体は、悪龍だったのです。

激しい戦いの結果、皇族の若者が持つ神通力によって、悪龍は河川とともに封印され、灌漑事業は成功しました。治水が整った福井平野で稲作がはじまり、大いに収穫量があり、この若者の一族が大いに潤ったとされています。

後の聖武天皇の時代、奈良の大仏を建立するのに使われた経費の3分の2は、この福井平野からの米で賄われたとされています。



しかしながら、悪龍は死に絶えたわけではありません。封印されただけです。

福井という名は廃藩置県の際に命名されたものでしたが、それ以前は福居と書かれていました。福井とは、福居だったのです。つまり、福の井戸、というわけではなく、福が、居る。というわけです。福とは、祭壇のことです。しめすへんは神様のことで、田は豊かな貢物、その上にある口は、封印された頑丈な箱を指します。この箱の上に、封印が解けないよう、板を乗せているという図です。この、神によって封印されし祭壇が、居る、場所。それが福井だというわけです。



封印したのは、この若者であり、後の継体天皇です。封印されたのは、悪龍です。この悪龍の名前は九頭竜といい、河川の名前になっています。この九頭竜の音を変えたのが黒龍で、黒龍神社というのが福井市北部の船橋地区にあります。

継体天皇と、悪龍の戦いの形跡は、こういう地名として、今も福井に残っているわけですが……。



さてさて。

この継体天皇。実は存在しない人物だとしたら、どうでしょう?

もっといえば、歴史から存在を抹消された人物だとしたら、どうでしょう?



事実として、存在が確認されているのは、33代目の推古天皇からです。聖徳太子の時代からですね。それ以前の天皇陛下の存在は、今も学者の間でも意見が分かれています。継体天皇は26代目ですから、存在が確認されていないのです。

もっとも、こういう悪龍系、伝説系の記述が多いのが、推古天皇以前の特徴です。最初の天皇陛下となった神武天皇は、日本神話の主神である天照大御神の子孫で、この天照大御神を産んだ伊邪那岐・伊邪那美が、天之瓊矛という大きな槍でぐるぐる大地をかき混ぜたら、日本列島ができたとされています。

神武天皇と継体天皇の間の時代には、日本武尊がおり、ヤマタノオロチを退治した際に尾から出てきた草薙剣を携帯していたとされています。



オカルト話は信用できない、ということで、こういう存在が不確かなことは、根こそぎ無かったことにしてしまっているのが、今の日本の歴史学です。

高校、中学時代を思い出してみてください。最初はアウストラロピテクスから始まり、縄文時代、弥生時代ときまして、いきなり蘇我入鹿が暗殺されるところまで飛びます。

西洋は、スコラ学といいまして、神学を最初に勉強します。他のどの国もそうみたいです。日本は、神話を勉強しないので、天照大御神と言っても、わからない人も多いかと思います。そうなんです。無宗教だと言われる日本にも、ちゃんと神様がいるんですよね。

西洋のスコラ学から派生したのが、schoolつまり学校なんですけど、日本の神様はどこへいってしまったのでしょう?



話は戻りますが、継体天皇は存在しない人物だと、歴史上、されています。

そして、教育現場において、継体天皇の功績は、後世に伝えなくなっています。

このことが、意思を持って行われていたとしたら、どうでしょう?

継体天皇の痕跡を消すために、人々から継体天皇の記憶を消すために、何者かによって意図的に行われていたとしたら……。



話は変わります。

都道府県を当てるクイズにおいて、福井県の場所がわからなかった人が多いという結果があります。また歴史作家の司馬遼太郎に生前「福井はこれといったものが一切ないけれど、継体天皇を生んだという一時だけで、価値がある」と暗にディスられています。

まるで封印された器である【口】の字のように、中に何もない、何もないのが福井なのです。

悪龍は、福井平野に閉じ込めてありますが、福井平野そのものが器となっているためなのか、あるいは悪龍の呪いが1000年以上、ずっと出続けているのか、福井平野からは何も生まれず、何もない空間だと、人々に認識されているのです。

神社には、社があります。社の中は普段は覗くことができないと思います。社の中って、何が入っているのでしょう? もっといえば、何を入れておくべき場所なのでしょう。ご神体がある神社もありますが、数は少ないです。多くの小さな神社の社には、なにもありません。空間を入れておくのです。空間がすなわち神聖なものであり、触れてはいけないものなのです。

この社の原理を、大規模に利用したのが、福井平野という箱なのかもしれません。

なので、箱の中にいる福井市民たちは、全国一の幸福感に満たされながらも、外の人間にはまったく認識されないという事態が、ずっと続いているのです。



福井出身で、ITトップ企業のサイバーエージェントの代表取締役として活躍する藤田晋氏が、公演会で、

「福井の人は、福井をでなければダメだ。福井の外で活躍すべきだ」

と演説したことがありました。サイバーエージェントといえば、今や知らない人はいないぐらい、大きな会社です。藤田氏は、福井を出たことで、活躍した人のひとりでしょう。他にも、福井を離れて活躍している福井出身の方は多数いらっしゃいます。藤田氏の発言は、それなりの根拠があってのことだと思います。

でも、彼の発言に対して、参加者のひとりが、

「どうして福井をでなければいけないのですか? ITだったら、福井でもできます」

と怒りを込めて言い返したそうです。この反論に、その場にいた福井出身の識者たちが賛同して「よくいった」と肩を叩いた場面があったそうです。郷土である福井を愛するがゆえの、発言だと思います。

これに対して、さすがに、テクノロジーのカタマリであるITを扱う藤田氏としては「福井は1000年以上前から悪龍に呪われているから、成功できないよ」なんて、口が裂けても言えなかったでしょう。

上記のやりとりがあってから、10年以上たちますが、相変わらずサイバーエージェントはIT企業のトップを走り続けています。その一方で、福井は未だにIT化とは程遠い生活を強いられています。電車やバスに乗るにも、駐車するにも、小銭がジャラジャラが必要だし、お店の決済はペイペイが関の山です。日本中に名前が知られるIT企業は未だに見かけませんが、はたしてこの後出てくるのでしょうか?




悪龍に呪われた福井。

信じるか信じないかは、アナタ次第です!!!


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