top of page

福井生まれ福井育ち、すきな食べ物はカレーの夫と、
沖縄生まれ沖縄育ち、沖縄大好きな妻。
スピッツが縁で出会い、八百屋さんをはじめました。
そんな二人の、日々の話です!!
毎日テーマごとに更新していきます。
検索


スピッツ「流れ星」は、インスピレーション説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「流れ星」について解釈していきたいと思います。 この曲は、マサムネさんが 作詞、作曲している時の様子 を表現した曲なのだと思います。 どういうことなのか。順番に詞を眺めていきましょう。 僕にしか見えない地図を拡げて独りで見てた 目を上げた時にはもう 太陽は沈んでいた スピッツの歌詞を解読する場合、私は 詞の冒頭 に一番注目しています。マサムネさんが 「この詞の読み方は、こうです」 と、冒頭にキーワードを出してくれている場合が多いからです。曰く、 「僕にしか見えない地図を拡げて独りで見てた」 とのことです。僕はマサムネさんのことだとすると、彼にしか見えていない地図とはつまり、 これから手掛けるスピッツの曲 のことだと思います。これは、他の誰にも見ることのできない、まさに、マサムネさんにしか見えない地図ですよね。 この地図を眺めながら「どうしようかなぁ、ここをこう通った方が、いい感じかなぁ、ウーンウーン」と唸っています。 「目を上げた時にはもう 太陽は沈んでいた」 とのことですので、この作業を日中ずー

八百屋テクテク
2024年12月12日


スピッツ「アカネ」は、「ホタル」の後日談説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「アカネ」について解釈していこうと思います。 スピッツ 「ホタル」の項目 で解釈したんですけど、「ホタル」はめっちゃ絶望の曲なんです。何もかもが闇の世界で、悲しいほどささやかな光だけが灯っている状態。しかもそれが幻だという、 とんでもない真っ暗な闇の世界 を表現した曲なのです。 ホタルにて、大切な人を失い「もうこの世には絶望しかない、紙のような翼で、どこか遠いところにいってしまいたい…」と嘆いていた「僕」でしたが、その後 どうにかこうにか悲しみを乗り越えて、前に進もうとしている ようです。それが、「アカネ」の場面なんじゃないのかなと。 この世で一番暗いであろうホタルに対して、この世で一番明るいであろう太陽のアカネ色を対比にしているんです。 「ホタル」の内容を重ね合わせることで、「アカネ」の内容が浮き彫りになる感じがしたので、それを踏まえて、ちょっと順番に詞を眺めていきたいと思います。 悲しい日には 新しい歌 ひとつ 遠く 歩き出そうか 「ホタル」では、「紙のような翼」つまり、あるはずもない背中の羽

八百屋テクテク
2024年12月11日


スピッツ「ホタル」は、絶望の曲だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「ホタル」について解釈していきたいと思います。 この曲は、 とんでもない絶望を表現した曲 なんじゃないかなと思います。マサムネさんが、絶望をテーマに詞を書いたら、こうなりました、という曲なんだと思います。めっちゃ綺麗な詞ですよね。そうなんです。 絶望とは、美しいのです。 どうもこの時代のマサムネさんは、 生は醜く、死は美しい と考えていたような気配があります。 「俺の作る曲のテーマは、性愛と死です」 と答えていたとおり、暗く冷たい死は、彼にとっては最高に美しいテーマなのです。 美しいものについて詞にしたいという欲求自体は、マサムネさんオリジナルというわけではなく、誰だってそうかもしれませんね。私たちだって、星をテーマに美しい詞を書くのはできそうですけれども、いじめ問題をテーマに美しい詞を書こうとしても書けないと思います。では絶望はどうでしょうか? 私たちは、私たちの絶望を、美しい詞に変換することができるでしょうか? たぶん無理だと思います。だけどマサムネさんは、お茶の子さいさいでやってみせてくれま

八百屋テクテク
2024年12月10日


スピッツ「ハートが帰らない」から推察する、彼女と別れた理由。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回はスピッツ「ハートが帰らない」について解釈してみたいと思います。 この詞は、どうも女性と別れることになったものの、未練があって落ち込んでいる、というのが伺えます。その未練について述べている詞というわけですね。そこまでは、なんとなくわかります。 今回は、もうちょい詞を深掘りして、どうしてそんな状況になってしまっているのか、どうして「ハートが帰らない」状況になってしまっているのかについて、独自に解釈してみたいと思います。 というのも、みなさん、別れる、となったら心境どうでしょう? 「縁がなかったね、次にいこう」って、スパッと気持ちを切り替えられる人が多いと思います。いや当日とか翌日とかは、さすがに引きずると思いますけれども、1か月とか経てば、ほとんど大丈夫になっているんじゃないでしょうか。 あるいは、「あいつのこと嫌いになったわ」と、負の感情で乗り切る人もいるんじゃないでしょうか。いくら好きでも、向こうが好きでいてくれないなら、どうしようもないじゃん、醒めたわ、みたいな。 どうであれ、気持ちの整理をつけて、次にい

八百屋テクテク
2024年12月8日


スピッツ「8823」は、漫画に音楽の方向性を見つけた話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「8823」について解釈していきたいと思います。 この詞のタイトルの由来は、西岸良平さんの漫画からとったものだそうです。どの漫画のどの部分を引用したかまではよくわかりませんでした。海底人8823というのがあるそうなのですが、そのあらすじと、マサムネさんが手掛けた詞の内容は異なっております。ので、これ以上詞のルーツを探るのは難しいです。 とはいえ、私は 「漫画」 からとった、という、この一事のみが重要なんじゃないかなと思っています。 この詞は 「漫画はすごいぞ! なんか今まで音楽を作るのしんどくて、アイディアに煮詰まっていたけれど、漫画読んだら新しインスピレーション湧いてきた!ウオーッ!音楽を作るやる気もでてきたぜーっ!」 っていう曲なんじゃないかなと。 どういうことなのか。順番に詞を眺めていきましょう。 さよならできるか 隣り近所の心 思い出ひとかけ 内ポケットに入れて 「隣り近所の心」とは、マサムネさんの横に並んでいる、 音楽仲間 のことだと思います。彼らはロックな音楽に邁進しており、ロックで突

八百屋テクテク
2024年12月7日


スピッツ「甘い手」は、死神の手だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「甘い手」について解釈していきたいと思います。 ブログタイトルにもありますとおり、甘い手とは、 死神の手 のことだと思います。そしてこの詞におけるマサムネさんの死に対するイメージは、 とても甘いもの だという設定になっています。なんとも不気味な話に聞こえますよね。 不気味に聞こえたそんなアナタのために、この詞における、甘い手=死神説を補強するため、最初に少しばかり解説をしたいと思います。 そもそも死とは、 苦痛がない世界にいくこと なのです。死と苦痛が同列に語られるのは実は違っていて、死ぬ寸前、つまり生きている時に苦痛があるのです。ナイフで刺されて痛いのは、そりゃあ生きているからです。死が怖いのも、生きているからです。 死神は、殺人鬼ではありませんので、生きているものに苦痛を与えることはありません。むしろ死神は、死んだあと人間を死後の世界に案内してくれる、死んだ人間のフォローをしてくれる、実は優しい存在なのです。 どうでしょうか? 死について深く考えたことのない人は、死神とか地獄とかゾンビとか、色

八百屋テクテク
2024年12月7日


スピッツ「いろは」は、日本語を賞賛する曲だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「いろは」について解釈してみたいと思います。 この曲のタイトルは「いろは」となっております。 「いろはにほへと」 のことですね。 いろは歌 ともいいますが、これはすべて、 仮名文字 で表された歌となっています。かな文字すべてを一文字ずつ使って、意味のある歌に仕上げているという、大変テクニカルな歌です。 一方で、日本語は漢字と仮名文字で成り立っています。漢字は、文字通り、漢つまり古代中国文字です。古代日本人は当初、主に漢字を使用していましたが、 文字の普及を促進させるため、読み書きが難しい漢字をサポートするための独自の文字を編み出しました。それが仮名文字です。仮の名を当てると書いて、仮名文字なのです。 この仮名文字を普及させ、ひいては日本語を普及させる役割を果たしたのが、紫式部の源氏物語であり、清少納言の枕草子というわけです。平安時代のこの2大文学作品は、のちの私たち日本人に、多大な影響を与えたと言ってもいいでしょう。 スピッツ「いろは」は、つまり、この日本独自の文字である、 日本語のことについて語

八百屋テクテク
2024年12月7日


スピッツ「テレビ」は、マスコミ批判の曲だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回はスピッツ「テレビ」について解釈していきたいと思います。 この曲は、 「テレビ」を批判した曲 なんじゃないかなと思います。ただ、この頃はテレビの力はものすごく大きく、スピッツもまた駆け出しの頃でテレビの力を大いに利用していかなくちゃいけなかったので、おいそれとテレビ批判ができなかったのだと思います。なので、 わかりにくーい詞 にしなくちゃいけなかったのかなと。「あっ、これはテレビ批判だ!」って気づかれてしまったら、干されちゃいますからね。当時のマサムネさんが、頑張ってわかりにくくしてくださったので、今でも私たちはスピッツを要所要所でテレビで見ることができますし、睨まれてもいないと思います。みごとな立ち回りでしたね。 「テレビ」ってタイトルではありますけれども、誰も、「テレビ」のことについて語っている内容だ、とは、想像もしていないんじゃないでしょうか。カモフラージュがうまくいっている証拠だと思います。さすがマサムネさん、天才ですね。 一方で、あれだけ繊細な思考の持ち主ですし、ロック魂の持ち主ですから、この曲を作

八百屋テクテク
2024年12月5日


スピッツ「放浪カモメはどこまでも」は、曲作りをするマサムネさん説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「放浪カモメはどこまでも」について解釈していきたいと思います。 この詞は、 マサムネさんがスピッツの曲を作詞している時の詞 なんじゃないかなと思います。作詞する際には、膨大な言葉の中から、適したものを集めますよね。それこそ、世界中に視野を広げて。マサムネさんはこの時、カモメに姿を変えて、世界中を旅しながら、詞に必要な言葉を探し回るのです。どこまでも。……みたいなことをいいたい詞なんじゃないかなと。 詞を順番に眺めていきましょう。 悲しいジョークでついに5万年 オチは涙のにわか雨 私たち人間は昔、ただの猿でした。その猿が自我を持ちはじめ、言葉を使いだし、他のサルたちとコミュニケーションをとり始めたのは、 約5万年前 と言われています。約5万年前が、精神面における、人間のはじまりと考えられています。 さて、私たち人間の精神が開花してから5万年たちましたが、私たちは他人とうまくコミュニケーションをとることができているでしょうか? 好きな相手に、好きな気持ちを、上手に伝えることができているでしょうか?..

八百屋テクテク
2024年12月4日


スピッツ「今」は、復活したマサムネさんの話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「今」について解釈していきたいと思います。 この曲は、マサムネさんが 「今だけに生きてる、そんな僕の歌」 と語っていたことがあるそうです。この時代のマサムネさんは、曲のことについて、ちょこちょこヒントを出してくれたりしています。それもエッセイ本など、紙媒体で記録が残っているのが嬉しいところです。今でもラジオで曲のことを語っていたりもするんですけど、なかなか隅々まで追えなくて…なので見逃しているヒントがあるかもしれません。 なので、わかっている範囲で、あれこれ考えることになります。もっとも、どこまで情報を仕入れても、はっきりとした回答は得られないため、結局のところ個人的な解釈になってしまうんですけどね。それがもどかしいところでもあり、面白いところでもあります。 話題がそれましたが、この詞は、どうもマサムネさんの個人的な心情を現わした詞のようです。 この頃のスピッツといえば、ロビンソンの大ブレーク直後で、テレビにもCMにもひっぱりだこな状況でした。それに加えて、「スピッツは清純派」とかいうイメージ。バ

八百屋テクテク
2024年12月1日


スピッツ「けもの道」は、頑張っている人を応援する曲だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「けもの道」について解釈してみようと思います。 まあ、「この曲は、頑張っている人を応援する曲です」って、ドヤ顔でいっても、えーっ!って驚いてくれるひと、そんなにいないと思います。詞を眺めても曲を聴いても、応援歌だな、と思えるような内容です。最後に「フレ フレ フレ」って言ってますし。 でも、それ以上解釈の余地がないかといえば、そんなことはありません。もっともっと深いところに、潜ることができるのです。それがスピッツの詞のすごいところですよね。 今回は、応援歌だということを前提にしつつ、もうちょい詞の意味を深堀してみようという企画になります。 ぜひ、お付き合いいただきたく存じます。どうぞよろしくお願いいたします。 順番に詞を眺めてみましょう。 東京の日の出 すごいキレイだなあ きのうの濁りもどこへやら さえない話に 感動しまくり なんで? 飛びそうだ 詞の一番最初に出てくる 「東京」 ですが、これにはどんな意味があるのでしょう? という部分から解釈していきたいと思います。 マサムネさんの詞は、最初に出

八百屋テクテク
2024年12月1日


スピッツ「旅の途中」は、旅の途中であることを表現した曲だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「旅の途中」について解釈してみたいと思います。 とはいえ、解釈の余地があんまりないので、ブログタイトルがおかしなことになっています。この曲を語るのに、そんなに難しく考える必要がないんじゃないかなと。ストレートに、詞を読んだまま感じ取ればいい曲なんじゃないかなと。 通常のスピッツの曲は、結構掘り下げないと見えない部分とかあるので、この八百屋さんなどは必死こいてスピッツ歌詞解釈ブログを1曲につき何千字と費やしてきたわけです。 でも、この曲は珍しく、そんなことをする必要はなさそうです。スピッツらしからぬ?めっちゃストレートな詞だと思います。いやぁ、勝手に歌詞解釈をしている側がいうのもなんですけど、何千字も書かなくていいのは、楽でいいですね。 というわけで、詞を眺めてみましょう。 君はやって来た あの坂道を かけのぼってやって来た どうでもいいはずの 小さい思い出を 拾い集めたりしながら ここでの「君」というのは、 昔のマサムネさん のことを指しているのだと思います。それを眺めているのは、 今のマサムネさ

八百屋テクテク
2024年11月24日


スピッツ「ガーベラ」は、世界崩壊後の話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「ガーベラ」について解釈していこうと思います。 この詞は、正直よくわかりません。なので、肩の力を抜いて、読んだまま解釈していこうと思いました。そうやって肩の力を抜いて、私が行き着いた結論が、世界崩壊後の話だった、という、なんとまあ真面目なのか不真面目なのか、よくわからない話ですね。 なんで、世界崩壊後の話なのか、というと、まずこのアルバム「三日月ロック」は、 アメリカ同時多発テロ の影響を結構受けているという点がひとつあります。影響をうけた結果、「世の中を元気づけるような曲を作ろう」という動機の曲もあれば、「世界の混乱をそのまま描いてみよう」として作った曲もあります。方向性はどうあれ、大なり小なり、影響を受けていると解釈していいのかなと。 また、ガーベラというのは、 イシス神の涙 から生まれたという説があります。イシス神は、生と死を司る神様です。そして、涙は、悲しいときに流れます。何か悲しいことが起こった時に、ガーベラは産み落とされたのです。つまり、ガーベラが主題になるのは、 神様が悲しくなるぐら

八百屋テクテク
2024年11月24日


スピッツ「遥か」は、再チャレンジを決意した人の話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「遥か」について解釈してみたいと思います。 この詞は、ブログタイトルにもありますとおり、 再チャレンジを決意した人の話 を描こうとしてたんじゃないかなと、想像しています。一度は諦めた夢だったけど、もう一度奮起して、憧れていた「遥かなる場所」に飛ぼうとする、っていう話なんじゃないかなと。 ちょうどこの曲は、ドラマ「Love Story」の主題歌になりました。このドラマは、 スランプに悩む恋愛小説家 を描いた話だったそうなのですが、なるほど状況がよく似ています。 マサムネさん自身も、一度は音楽の道を諦めたことがありました。ブルーハーツの音楽がすごすぎたおかげで、自分が目指すべき音楽を見失ってしまっていたんですよね。でもそこから、どうにかこうにか再浮上し、今に至った経緯があります。マサムネさんもまた、再チャレンジの人だったのです。 とすれば、この詞を解釈することで、マサムネさんの、再チャレンジの心情を掴めるかもしれません。伝説的とまで言われたロックバンド、スピッツの、知られざる内面ですよ。これは歴史的価

八百屋テクテク
2024年11月24日


スピッツ「エスカルゴ」からわかる、草野マサムネの臆病さ
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「エスカルゴ」について解釈していきたいと思います。 この曲は、結論から申しますと、マサムネさんの 臆病さ を描いたものだと思います。 「外は怖いから、カタツムリの殻に閉じこもっておこう」 という、曲だと思います。 この時期のスピッツはというと、ロビンソンの大ブレーク以来ずーっと注目の的でした。テレビやCMにひっぱりだこ。その中で交流した関係者も大勢いたでしょう。もちろんファンも大勢いて、ファンから沢山のファンレターが届いていたことでしょう。そのひとりひとりから寄せられる声援の中には、時には無神経な意見だったりもあったでしょうし、時には誹謗中傷まがいのものもあったと思います。ヤバイファンが暴走して「どうして結婚してくれないの?」なんて迫ってきて、怖い思いもしたことだって、幾度となくあるでしょう。注目されればされるほど、そういった声も集まりやすくなります。いくら好感度の高いスピッツといえども、避けられなかったと思います。 現代の私たちは、SNSという、世界に発信できる武器を持ちました。同時に、世界の人

八百屋テクテク
2024年11月23日


スピッツ「海を見に行こう」は、視覚障碍の人に海を案内する話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「海を見に行こう」について解釈していこうと思います。 八百屋さん的な結論としては、この曲はブログタイトルにありますとおり、視覚障碍の曲だと思います。もっといえば、 「目が見えなくなった人と海に行って、彼女に海を感じさせる話」 だと思います。 さらにいえば、これはマサムネさんの実体験を表しているんじゃないかなと。マサムネさんの身近な人に、視覚障碍の方がいらっしゃったんじゃないかなと。 どういうことか。歌詞を順番に眺めていきましょう。 明日 海を見に行こう 眠らないで二人で行こう 朝一番のバスで行こう 久しぶりに海へ行こう ここまでは、普通に海に行く話と捉えても、全然大丈夫ですよね。私たちスピッツファンが海に行く計画を立てる際は、ウッキウキでこの曲を歌うと思います。興奮して、眠らないで行くことだってあるでしょう。朝一番のバスで行って、最終バスで帰ってくるぐらいの、無茶な計画を立てることもあるでしょう。楽しいですね。 一方で、このお相手が視覚障碍の方だとしたら、どうでしょう。朝一番のバスで行くのは、 混

八百屋テクテク
2024年11月23日


スピッツ「ハネモノ」は、魔女の宅急便説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「ハネモノ」について解釈していきたいと思います。 この「ハネモノ」というタイトルですが、 「羽のような生き物」 という意味の、マサムネさんの造語だそうです。かつ、 「人々の不安を少しでも和らげることができる音楽を作ろう」 というのが、この曲を作ったきっかけだそうです。 なるほどなるほど。正直、詞をざっと読んだだけでは、何について描かれたことなのか、よくわからないと思います。なので、この詞の補助線になるような背景がないかどうか、ちょっと考えてみました。そして、どうにか当てはまりそうなものを、この八百屋さんが探してきましたので、ご紹介したいと思います。 それは、 「魔女の宅急便」 です。 「魔女の宅急便」は、ご存じでしょうか? ジブリ映画になったお話で、13歳の見習い魔女キキの、成長物語です。 まあ、テレビの再放送とかでよくやっているので、知らない人は少ないんじゃないかと思いますけれど、どうでしょう? 「ハネモノ」=「魔女の宅急便」説、ピンときそうですか? あんまりピンとこない? そうですか…...

八百屋テクテク
2024年11月23日


スピッツ「ミカンズのテーマ」にみる、ミカンに対する想い。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「ミカンズのテーマ」を、八百屋さん独自の目線で解釈していきたいと思います。 この曲は、「もしスピッツが新しいバンドをやるとしたら…、という感じで作りました」とマサムネさんが当時言っておりました。スピッツのifという内容になっているそうです。なるほどなるほど。 その話を聞いて、今、八百屋さん的に申しておきたいことがあります。 この当時のミカンというのは、今よりずっと酸味が強かったんです。令和の今現在はとえばば、より甘いミカンが好まれるようになったので、スーパーのミカンもだいぶ甘くなりました。なので今ミカンというと「ミカンめっちゃ好き! 甘いだけじゃなく、ほどよい酸味が美味しいのよね」だなんて言われたりしますけれども、当時のミカンはまだまだ酸味が強く、食べる人は食べるけれど、食べない人は全然食べない、という果物でした。今みたいに「酸味が美味しい」だなんて言う人は少数派でした。酸味に美味しさがあるなんて上品な表現、当時のミカンを食べていた人は、やらなかったでしょう。 そのかわり、安かったんです。今では8

八百屋テクテク
2024年11月21日


スピッツ「夢追い虫」は、夢を追いかける人の話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回は、スピッツ「夢追い虫」について解釈していこうと思います。 この曲のことを、「恋人と仲良くする話」だと解釈している人、多いのではないのでしょうか。私はバッチリそうでした。スピッツの曲は恋愛がテーマになっている曲が多いので、この曲もまた、そうだと思い込んでいたのです。 でも不思議ですよね。スピッツを知らない人が、まっさらな状態でこのタイトルを見た時、「夢を追いかける人の詞ですかね?」と、ちゃんと認識できるのです。スピッツが好きで、よく聴きこんでいる人がこの曲を聴くと、なぜか目が曇ってしまうのです。 スピッツの曲には、思考を恋愛方向に傾けてしまうような、そんな魔力が備わっているようです。 なので、スピッツを知らない人から、「どこをどう読んだら、恋愛の曲になるんや。ほらほら、ここよーく見てみぃ? 夢、追い、って書いてあるやろ? どこをどう読んでも、夢を追いかける人の曲やん? 違うかぇ?」なんて言われようものなら、ぐぬぬ、と何も言い返せなくなってしまうでしょう。 解釈とは、そういう傍若無人な要素がありますので、取り扱

八百屋テクテク
2024年11月21日


スピッツ「大宮サンセット」は、大宮市消滅の話だった説。
こんにちは。八百屋テクテクです。 今回はスピッツ「大宮サンセット」について解釈していこうと思います。 この曲のタイトルは、大宮サンセットとなっておりますが、この曲が発表された時点では、もう埼玉県大宮市は他の市町村との合併により、 地上から消滅 しております。つまり大宮とは、存在しない市町村なのです。 つまりこの詞は、大宮市のサンセット、つまり大宮市の夕暮れ、つまり 大宮市の消滅 を悲しんで、作られたものなんじゃないかなと。 でも、このあたりの感覚って、よくわからない人も多いんじゃないかなと思います。「何が悲しいの? 行政の区割が変わっただけで、生活が変わるわけじゃないじゃん」と。確かにそのとおりで、大宮市が消滅したところで、大宮市に住んでいる人、モノ、家が一斉に消滅したわけではありません。大宮市が消滅した次の日には、さいたま市の市民として、今までとなんら変わらぬ生活をしていくわけです。 この悲しみを理解するには、例えば「大宮サンセット」が作られた時代よりもはるかな未来である現在に登場した、ご当地Vチューバーを想定してみると、どうでしょう? 私は福

八百屋テクテク
2024年7月31日
bottom of page