令和4年5月度の保護ねこ支援活動報告


八百屋テクテクのYahoo!ショッピング店、または自社サイトにて、保護ねこ支援セットを販売しております。


5月度はおかげさまで8件のご注文がありまして、1件につき500円、総額4,000円をにゃん家さんに寄付させていただきました。みなさんありがとうございました。



あまり猫支援活動とは関係のない話になってしまうかもしれないんですけど、猫って、天からの贈り物なんじゃないかなって、最近思ってるんですよ。

なぜなら、心を通わせた人間のことを、ずーっと信じてくれるからです。


猫より頭のいいと思っている人間は、しかしながら、人間を信じきることが非常に難しいです。結婚を誓い合った人の、実に3分の1が離婚してしまうほどです。離婚、とまではいかなくても、猫のように、ずーっと信じてくれる配偶者に巡り合って、生涯を最後まで仲良く寄り添ってくれる人生を送れる幸せな人が、いったいどれだけいるでしょうか?


でも。

私の妻は、私にとっては、天からの贈り物なんじゃないかなって、思っています。

出会ったときから、実は、そう思っていました。最初に氏名を聞いた時からです。彼女は、「天」に関する氏名の持ち主でした。その名前をきいた時、どきり、としました。

普通の人は、人に関することしか、認識できません。人から教えられたことしか信じることができないようにできています。「天国」とか「地獄」とか「神様」とか、そういう存在を感じることができないようになっているわけです。でも、だからこそ、その人や物事に、何か目に見えない、特別な力を信じることができるとしたら、それは「運命」という名の、天からの贈り物なんじゃないかなと。


それから、あれよあれよという間に、彼女と結婚をしました。私は、気が付いたら結婚式でタキシードを着させられて、神父様の前に突っ立っていました。となりには、緊張した様子の彼女がいましたが、私をみる視線だけは、なにやら確信めいたものがあったのです。私という存在を、頭のてっぺんからつま先まで、全部信じている視線でした。「私はこのひとを、最期まで信じています」そういう決意がこもった瞳でした。


私は、しかしながら、彼女を信じ切ることができませんでした。

彼女はよく「アナタのやっていることは正しい」とか「自信をもって」とか、ありとあらゆる場面で私に言います。彼女は、私の能力や性格について、今の今まで、一度でも疑ったことなどありませんでした。

にもかかわらず、私は、彼女の言葉を信じられずにいました。私は、自分に自信のない人間なのです。彼女の励ましは、どこか蚊帳の外から聞こえてくるような、そんな感じで、私の心に響いてこなかったのです。私は彼女のことを、天からの贈り物だと未だに思っていますが、一方で、彼女の言葉を信じるだけの…天からの贈り物を授かるだけの度量が、私の中になかったわけです。


一方で、私は他人の意見に左右されやすい人間です。いろんな人が、いろんなことを言ったりやったりするのを見て、「自分はもしかして間違っているんじゃないか」と心が揺れたことも、何度でもあります。一番大事にしなくちゃいけない、彼女からの「天からのお告げ」をきかず、他の、どうでもいい雑音ばかりに気をとられていたわけです。


そこまでわかってて、なんで彼女のいう言葉に耳を傾けないんだ? って、他の人からみれば不思議に思いますよね。




これと同じ次元の話にしてしまうのも、なんか無理やりな感じがしますけれども、猫に対する思いもまた、同じなのかな~って、思ってしまうわけです。

こころを通わせた猫は、誰よりも、信じてくれます。それを心の支えにできるかどうかが、猫の声、つまり天の声をきくことなのかなと思います。

自分と出会った猫を幸せにすること、それが自分の使命なんだ、そしてこの猫こそが、自分を幸せにしてくれるんだ、と信じることができれば、それは理想的な猫との関係でしょう。


逆に、猫と心が通っていると信じることができなくなったとしたら、私のように、自分の心の中に問題があるのかもしれません。日々の忙しさとか、わずらわしさで、自分を求めて鳴いている猫の存在が、よく見えなくなっているのです。これは、よくありませんね。猫にとってだけではなく、自分にとっても。

もう一度、猫がかわいいと思った頃に心を戻してみることで、自分が何をすべきなのかを、確認してみるといいかもしれませんね。




と、まとまりのない話を書いてみました。




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