世界スピッツ化計画ってどうなったん?



ロビンソンやらチェリーやらで、スピッツが大ブレークする前。

ファンの間でまことしやかに語られていた計画があるんです。

それが、「世界スピッツ化計画」です。




うろ覚えなんですけど、

スピッツのメンバーたちが、何かのおりに言ってた気がします。

どんな計画だったのかは全然記憶にないんですけど、

「世界スピッツ化計画」という名前だけは印象に残っていたので、中学高校など、スピッツばっかり聞いていた頃などは、ことあるたびに使っていました。




たとえば、学校の合唱コンクール。

クラス別に、課題曲を決めるんですけど、そこで私は率先して「空も飛べるはずがいいです!なんならチェリーでも!」と提案してました。

クラス中に「また始まったよ……」という雰囲気が漂いました。たぶんこの頃の私のスピッツごり押しに、閉口していたひとも多いと思います。

その雰囲気をくみ取った先生が、

「どっちでもいいけど、楽譜はあるんか? ないなら無理やぞ」

と言ってきたのです。

今では合唱コンクールの代表曲みたいなイメージもある「空も飛べるはず」ですが、当時はまだまだロックなイメージがあったためか(?)、採用されませんでした。

結局「マイバラード」みたいな、無難オブ無難な曲に落ち着いていました。

まぁ、課題曲でありながらも、当時はほとんどのクラスが「マイバラード」を歌っていた気がするので、謎の「マイバラード」ブームだったわけです。みんなで顔色を窺って歩調を合わせる、無難な時代だったのです。




こんな感じで、

「世界スピッツ化計画」は私の周りでは「マイバラード」のせいで全然広がりを見せなかったわけです。

私の青春時代は、もっぱら「マイバラード」を恨みながら生きてきたわけです。

「マイバラード」さえなければ、「世界スピッツ化計画」は実現できたのに……!

あいつさえいなければ……!

そういう、「マイバラード」に対する怨恨をもって、生きてきたわけです。




いやそもそも、この「世界スピッツ化計画」とは、いったいどういう計画だったのでしょう?

私は「世界にスピッツの音楽を広げる計画なので、めっちゃ宣伝しよう!」ってひとり意気込んでいたのですが、もしかすると全然違う計画だったのかもしれません。

そうじゃなかったら、「マイバラード」への恨みは、理不尽以外の何者でもないですよね。

「マイバラード」ファンの皆様、そして「マイバラード」関係者の皆様、本当に申し訳ございません。




もはや「世界スピッツ化計画」という言葉自体を聞くことがなくなってしまいましたが、詳細を知っている方がいたら、ぜひ教えてくださいませ。




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