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スピッツ「ヒビスクス」は、神風特攻隊の曲説。



こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツ「ヒビスクス」について解釈していこうと思います。

ヒビスクスとは、南国の花ハイビスカスのことです。国内ですと、主に沖縄でよく見ることができ、沖縄の象徴として楽しまれています。また、夏の花でもあることから、「ビビスクス」のタイトルから連想されることは、「沖縄の夏」であるといえるでしょう。

沖縄の夏、そして、詞の内容を察すると、のべ20万人の死傷者を出した太平洋戦争時の沖縄戦のことを表現したいんじゃないかなと。

その中でも、詞が焦点を当てているのは、アメリカ戦艦、空母に対しての、日本の航空機による体当たり攻撃隊、いわゆる神風特攻隊のことを表現しているんじゃないかなと。

どういうことなのか。歌詞を追ってみていきましょう。




過ちだったのか あいつを裏切った 書き直せない思い出

幼さ言い訳に 泣きながら空飛んで クジラの群れ小さく見える

ここは、交戦を避けて、撤退している場面です。敵戦艦から逃げている場面から詞が始まっています。クジラの群れというのは、多数のアメリカ戦艦のことだと思います。アメリカの戦艦が群をなして、沖縄沖に陣取っている様子を表しています。

特攻隊の戦い方なんですけど、なにも「何が何でも突っ込め」と言って飛び立たせているわけではありません。それは貴重な人命と物資の消耗にすぎません。ちゃんと勝てるように作戦を立てて、効果的な戦果をあげるための特攻なのです。特攻が無理だと判断したら、引き返します。引き返させます。

なお、先に特攻するのは、年齢が上の、熟練のパイロットたちです。操縦技術が高いほうが、作戦の成功率も高いからです。なにより、自分より若い人には、少しでも長生きしてもらいたいという心配りもあったでしょう。

彼ら熟練のパイロットたちが特攻して爆散したにも関わらず、「クジラの群れ」はまだ現存しています。作戦は失敗に終わりました。敵の抵抗が予想外に激しく、これ以上の特攻はやっても無意味だと司令部が判断しました。

主人公はなんの戦果もあげることができないまま、帰投を命じられました。「幼さ」を言い訳に、ここでは特攻することを免れてしまったのです。

帰投を命じられた主人公は、どういう気持ちだったのでしょう。「泣きながら空飛んで」います。「過ちだったのか」と自分を責めています。自分の操縦に誤りがあったから、作戦がうまくいかなかったのか、と悩んでいるのでしょう。「あいつを裏切った」とも言っています。「一緒に死んで、日本を救おう」と誓った仲間たちが、目の前で死んだにもかかわらず、自分だけが死にぞこなった。これでは面目が立たない、と悔しさをにじませているのです。

現代を生きる私たちには想像もつかない心境なのかもしれません。



後ろめたいままの心が憧れた

約束の島で 再び白い花が

咲いた変わらずに 優しく微笑むような

なまぬるい風 しゃがれ声で囁く

「恐れるな 大丈夫 もう恐れるな」

武器も全部捨てて一人 着地した

「後ろめたい」のは、特攻して死んでしまった仲間たち、そして、自分が守ると決めた自分のお父さん、お母さん、自分を送り出してくれた村の人々、そして添い遂げられなかった恋人……。彼らに対して、後ろめたいと思っています。強烈な後悔の中にいます。

そんな自分が憧れたのは、「約束の島」で、再び「白い花」が咲く場面です。

約束の島とは、ヒビスクスが咲き乱れる、夏の沖縄本島のことです。でも、ここでの白い花とは、ハイビスカスのことではありません。確かに白いハイビスカスの品種もありますが、沖縄でよく見かけるのは、鮮やかな赤です。では、白い花とは何を表現しているのでしょう? これは、敵艦の艦砲射撃による弾幕と、弾幕により生じた煙幕のことだと思います。敵艦から、自分が操縦する特攻機に向けられて発射された弾幕が放射状になっている様子を、白いハイビスカスに見立てているんじゃないかなと。

特攻のやり方なんですけど、実はまっすぐに突っ込むのではなく、高い高度から一気に急降下するやり方とか、雲の中に身を潜ませて突っ込むやり方とか、水面ギリギリを飛行して敵の弾幕をかいくぐり、戦艦の脇腹に特攻するやり方とか、いろいろあります。直線状に弾を飛ばすだけなら、従来のカノン砲でできますが、飛距離もないし、だいたい艦隊の接近戦では奇襲もできません。なので、航空機による特攻は、当時としては大変有効な戦術でした。大変有効な戦術だったからこそ、人命を犠牲にするような愚かな戦法がまかり通ってしまったんです。

死線を前にしてみた光景は、白いハイビスカスが「優しく微笑むよう」だったそうです。以前に、仲間たちとくぐりぬけた艦砲射撃の時と変わらずに。

風が生ぬるいと感じたのは、重火器による激しい煙幕の中にいるからでしょう。

「恐れるな 大丈夫 もう恐れるな」と言い聞かせています。煙幕を特攻機の猛スピードで潜り抜ければ、敵艦はすぐそこにあります。

自分には、武器もなにもありません。ただ特攻するのみです。命を燃料にして、敵艦の腹部に「着地」つまり、突っ込んだ瞬間、彼の命は終わりました。



悲しみかき混ぜて それでも引きずった 忘れられない手のひら

言葉にする何度も あきらめたはずなんだ

顔上げた道の 先にも白い花が

「忘れられない手のひら」とは、特攻隊に志願する前に別れを告げた人の手なのかもしれません。それは、恋人の手かもしれません。

彼は、恋人に別れを告げてきました。特攻隊に志願すれば、生き残れるはずがなかったからです。

特攻隊はエリート職であり、選ばれし人間しか就くことができません。そのかわりに、家族には手厚い保証が約束されていました。「どうせ死ぬなら、戦って死のう。それで自分のまわりの人間が助かるなら……」と、悲痛な覚悟を決めて、多くの才知ある若者が、この特攻隊に志願しました。

すでに自分の命も、恋人との未来も、潔く「あきらめたはず」でしたが、どうしても、恋人の手のぬくもりを思い出してしまいます。この葛藤が、目の前に「ヒビスクス」が広がる場面まで、最期の最期まで、続いたというわけです。



咲いた揺れながら 黒蜜の味を知って

あの岬まで セミに背中を押され

戻らない 僕はもう戻らない

時巡って違うモンスターに なれるなら

「恋人の手のぬくもりは、蜜の味のようだった。その味を知れただけでも、自分は幸福だった……」と考えることにしました。この期に及んで、今更どうにかなる状況ではありません。自分が座っているコックピットのすぐ裏では、ジー、というセミの鳴き声のようなエンジン音が、けたたましく鳴っています。もう、敵艦めがけて行くしかない状況なのです。

はるかのちに、自分たちが「モンスター」つまり英霊と呼ばれていることだけを、希望のよりどころにして。




という感じで解釈してみました。

かなり臨場感があってビックリしました。この解釈が正しければの話ですけれども、特攻機のパイロットの心情が、痛いほど伝わってくるようです。

蛇足になるかもしれませんけれど、ちょっと触れておきたいことがあります。

今はどう扱っているのかはわかりませんが、私が義務教育で習ったのは、「神風特攻隊は、それほど戦果をあげることがなかった。パイロットは、無駄死にだった」ということです。だから、先の戦争は日本にとっては愚かな戦争だったので、この過ちを繰り返さないためにも、戦争は絶対にしないようにしようね、という話の流れ方でした。

それから大人になってわかったことなのですが、特攻隊は戦術的には大変有効で、アメリカ軍を物理的に、心理的に追い詰めることに成功していました。沖縄戦にて、アメリカの旗艦バンカーヒルと、旗艦エンタープライズに特攻を行い、ともに大破させることに成功しています。旗艦とは司令部が置かれている艦です。これに肉薄できていたのです。アメリカ軍と日本軍は、牙と牙が折れ砕かれるほどに、激戦を繰り広げていたのです。

こうまでして日本を守ってくれたご先祖様ですが、義務教育においては、そこまで教えてくれることはありません。そりゃあ、センシティブな内容ですから、いろんな方面へのご配慮もありますし、なにより、戦争を行ってはいけないということだけは確かなので、あまり声を大にして言えることではないのかもしれません。ご先祖様が行ったことが立派だったと、言いにくい事情もわかります。

なので、せめて、私たちの心の中でだけでも、ご先祖様への感謝を伝えたいと思うのです。

たとえば、この「ヒビスクス」を通じて、特攻で散っていった人々へ思いを馳せることもまた、私たちにできることなんじゃないかなと思います。




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