スピッツ「ありふれた人生」は、アイドルオタクの話だった説~スピッツ歌詞解釈~




こんにちは。八百屋テクテクです。

今回は、スピッツの名曲「ありふれた人生」について解釈していこうと思います。


この曲、本当に素晴らしくいい曲なんですけど、歌詞に関しては、なんかタイトルに則していないと感じませんか?

「ありふれた人生」というタイトルから判断すると「あ~、人生、目立ちたいとか、金持ちになりたいとか、いろいろ欲望はあるけれど、平凡な人生のほうが逆にいいんだなぁ」という、わかるような、わからないような、そんな感想を抱きます。

じゃあ歌詞は、平凡な人生を満喫している内容になっているかというと、そういうわけでもなさそうです。会いたい、待てない、と、寂しさを募らせている内容になっています。こんな強烈な恋心を描くなら、もっと適切なタイトルがあったと思うのですが、なぜ、あえて「ありふれた人生」にしたのでしょう? 眠れないほど強烈に恋をしちゃうのは、ごくありふれた光景なのだよ、とでも言いたかったのでしょうか?

この辺を、ちょっと分析していきたいなと。


というわけで、自分なりに補助線をひいてみた結果、この曲は「アイドルオタクの人生」について語った曲なのではないかなと。

どういう解釈をすれば、うまく詞を解読できるかな、と考えた時、この結論に至りました。

順番に、見ていきましょう。



ありふれた人生を探していた 傷つきたくないから

君といる時間は短すぎて 来週までもつかな

主人公の彼は、「傷つきたくない」から「ありふれた人生」を探しているわけです。

つまり、現時点では「ありふれていない特殊な人生」を送っているために「傷ついて」いるわけです。

今は個人主義が進んだために、そこまで色眼鏡で見られることは少なくなりましたが、この曲が発表された当時は、まだまだお節介な人間が多かったように思います。「あんたもいいトシなんだから、彼女ぐらい作りなさいよ」「そろそろ結婚したら?」「子供は二人ぐらいいないとダメよ」こういう感じで、ライフステージのありとあらゆる場面で「普通」であることが求められていたわけです。「普通」であることが幸せだと信じて疑わない人たちが、多かったんです。逆に言えば、「普通」ではない人生を送ろうとしている人にとっては、こういう声が、圧力となって、傷つくことが多かったわけです。

この詞の彼もまた、アイドルのファンという、世間一般からみれば「特殊な」人生を歩んでいる人でした。とはいえ、「傷つきたくない」ので、「ありふれた人生」を探しているか、探すふりをして、まわりに同調する術を身につけていたのだと思います。まわりには、アイドルオタクであることを隠して、好青年を装い、「いや~結婚したいとは思っているんですけど、なかなかイイ人に巡り合えなくてねぇ~」みたいに、まわりと調子をあわせてお茶を濁していたのでしょう。

でも、その裏側では、「来週までもつかな」と心配をしています。燃料切れの心配をしているわけですね。君といる時間にのみ補給できる、心のエネルギーのことです。

きっと、来週には、応援しているアイドルの公演会が控えているのだと思います。その瞬間まで、前回の公演会の時に補給したエネルギーが、もつか切れるか、と、ウキウキしているわけです。



ああ 心がしおれそう 会いたい

もう待てない これ以上待てない

そして今日もまた 眠れない

アイドルのファンだけでなく、それこそ、スピッツなどのアーティストのライブ観戦を楽しみにしているファンなら、ここの気持ちは痛いほどわかるのではないのでしょうか。熱心なファンほど、ライブの直前ともなれば、「あ~待てないわ~」と、ワクワクを通り越して、もはや飢餓状態になってしまいます。

またそれは、ライブの直後のほうが、より強烈かもしれません。「あっという間に終わってしまった……次のライブまで、あと何日あるんだろう……」と、絶望してしまうファンも、少なくないのではないのでしょうか。

ライブの直前と、直後は、熱烈なファンほど、ライブの興奮のために眠れない日々を過ごさなければいけません。



空回るがんばりで許されてた 現実は怖いな

逃げ込めるいつもの小さな部屋 点滅する色たち

現実って、怖いんですよね。特に、アイドルのファンという、幻想を生きる方にとっては、辛さが際立ちます。現実を現実として捉えている人にとっては、そこが自分の住む世界だと腹を括ってやっているので、「まあ次は、ミスをなくすためにも、こうしよう」と素早く切り替えていくしかないわけですが、逃げ込める幻想がある人にとっては、「ああ…またやっちまった…辛いナァ、現実は怖いナァ…癒されよう…」と、ついそこに救いを求めてしまいます。いやいや、逃げ場のない人ほど、実は精神的にやられやすいことが明らかになっておりますので、ちゃんと逃げ場を確保することが大事なんですよね。なので、現実に生きている人が強くてかっこよく、幻想に逃げている人が弱くてかっこ悪いとか、そういう話じゃないんです。

ただ、やっぱり、少し前のこの時代は、そう思われていた部分も、確かにあります。逃げるのが、かっこ悪いと。

現実で失敗して、逃げ込んだ先は、自分が住んでいる、自分しか使っていない、小さな部屋。そこでモニターをつけると、モニターが表示するのは、好きなアイドルの公演会なわけです。場面ごとに、チラチラとカメラが切り替わることで「点滅する色たち」になっているわけです。



ああ 時々 聴こえる あの声

もう待てない これ以上待てない

文字を目で追って また始めから

アイドルの公演会を、モニター越しに見つめている場面です。

時々聴こえる、ということは、松浦亜弥さんみたいな、ソロアイドルではないようです。各曲の中にすこーしだけソロパートがあるような、投票2位とか3位とか、中心メンバーに近いポジションの方を応援しているのではないのでしょうか。いや、もしかすると、末席に近くてソロパートがない子だけど、ファンのその超人的な耳で「あっ、今すごい聴こえた…!」みたいに、全神経を集中させて聞き分けているのかもしれません。

「文字を目で追ってまたはじめから」のここなんですけど、この部分と、先ほどの「点滅する色たち」の部分で、「あっ、これはライブ映像みているな?」と気が付きました。ライブ映像の終わりには、エンドロールが流れます。この文字を目で追っているわけです。そして、また始めからライブ映像を観る、というのが、彼の日課になっています。



ああ 会いたい 夢でも 会いたい

もう待てない これ以上待てない

わかっているけど 変われない

「夢でも会いたい」と願っています。こんなに恋焦がれるのは、すごいですね。実際の恋愛以上に、恋愛的であると言えるでしょう。

最後の「わかっているけど変われない」の部分ですが、これは詞の一番最初の「ありふれた人生を探していた」の部分とリンクしている部分だと思います。「ありふれた人生のほうがいいなぁ」と頭ではわかっているけれど、「でもやっぱりアイドルのファンはやめられないわ」と半ば諦めているのでしょう。



という感じで解釈してみましたが、いかがでしたでしょうか?

最後に、どうしてこの曲が「ありふれた人生」というタイトルなのかな、という疑問が残ります。

この解釈でいくと、これは「ありふれた人生」ではなく「ありふれていない人生」ということになりませんか。主人公の彼は、アイドルのファンという、ひととは違う人生を歩んでいるわけですから。

と、一度は疑問に思ったんですけど、でも、とはいえ、やはりこの特別な人生もまた、「ありふれた人生」なんじゃないかと。

そもそも「普通の人生」なんていうのは、存在しないんですよね。ひとりひとりが特別で、特殊な人生を歩んでいるわけです。だけどそれが、普通って見られているわけです。「普通」で「特別」それが人生というものだと思います。

また、今現在では、アイドルオタクは、特別なものではなく、ごくごく普通の存在となりました。誰かの夢を応援することは、決して恥ずかしいことではないのです。そういう価値観が浸透して欲しい、アイドルオタクも「ありふれた人生」として浸透して欲しい、という願いが、もしかすると、「ありふれた人生」というタイトルに込められているのではないのでしょうか。



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