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少年は、歩いた。
岩倉さんは、そこに留まっている。
背を向けた二人の距離が、ゆっくりと開いていく。
お互い、振り返ることもなかった。
別れてしまえば、
たぶん、もう二度と口を聞くことはないだろう。
彼女は泣いた分、どこか、すっとした気分だった。
彼女は、少年に慰めを期待しなかった。


利用する相手じゃなくて、心の通じ合える相手を探そうか。


そういう視点で少年を見たとき、
利用するべき人間としては適していたものの、
心を通じ合わせる人間としては、物足りなかった。


私ならきっと、もっといい男を見つけられる。
きっとうまくやれる。
そして、これからは何か別の、新しいものが待っているはず……


そんな期待感さえ、少女の中では芽生え始めていた。


一方の少年には、表情がない。
少年には、何も始まらない。
今回の出来事は、少年にとって、何のプラスにもならなかった。
ひとは痛みを糧に成長するのだとしたら、
少年は今後、どれだけ傷つけばいいのだろう。
どんな傷にも耐えられる人間が、いい大人として認められて、
傷に弱い人間が、世の中から排斥されていくのだろうか。
そんなことを考えると、
夏の暑さもまた終わっていないのに、寒気さえ覚えた。

ふと顔を上げると、暗く錆びついたシャッター通りに、
明かりが灯っている場所があった。


なぜか、光が、温かい、と感じた。


その照明には、温度があるように思えた。
この街の誰もが失った人間の体温を、
その店だけが持っているような、そんな気がした。
『風待くだもの店』の看板の横を通り抜けて、
果物たちの横を少しだけ奥に進んだ。
少年がどんな気持ちを抱えていようと、
お店の中は、いつもの通りの華やかさだった。
お店の中は、竜宮城の玉座のようで、
もちろん、竜宮城の主も、ちゃんとそこにいてくれていた。


「お店に来たかったけど、ずーっと閉まってたので、来られませんでした」


「ごめんね。不定休なの」


「不思議ですね、何か」


「どうして、そう思うの?」


「だって……」


いつも閉まっているけれど、
どうしても風待さんに会いたくなった時には、必ず開いているから。


と答えようとしたけれど、もちろん、そんなことは直接言えない。
言えなくて、口ごもったけれど、
ふと風待さんを見ると、穏やかに笑っている。
まるで、少年の言おうとしていることが、
伝わっているかのようだった。


「どうぞ」


促されるままに、少年はカウンターに座った。
カウンターの向こう側には、タルト生地が鎮座していた。
クリームを流し込んで、その上にフルーツを乗せる工程の途中だった。
風待さんは慣れた手つきでフルーツをカットし、タルトに並べていく。
その後、すぐに六等分にカットする。

完成したタルトがあまりにも綺麗だったので、
カットしちゃうのはもったいないな、
と言ったところ、風待さんは、
切らなきゃ食べられないよ、
と笑った。

同時に風待さんは、コーヒーを準備していた。
果物やさんなのに、
カウンターの中はコーヒーの焙煎した匂いで充満していた。
ここまでの間で、少年と風待さんは、
どうでもいい世間話を一通り終わらせた。
思えば、風待さんの自然な誘導で、
少年の口を滑らかにしてくれていたのかもしれない。
お店に入ったときの少年は、


口なんか絶対に開くもんか、


という意固地な気持ちで凝り固まっていたけれど、
もうその気持ちも、適度にほぐれている。


「恋愛っていうのは、大人がするものですよね。
その目的は、子供を産んで育てるためだから」


少年は、不貞腐れていた。
その気持ちを素直に、風待さんに対してぶつけていた。


「子供だって、恋愛すると思うよ」


「いえ、大人になりきれていないひとは、
恋愛する資格なんて、ないんですよ」


「そうかなぁ」


「そうです。なんていうか、恋愛って、
ある意味、必要悪みたいなものだと思うんですよ。
強い子供を産むためには、強い個体が必要でしょう? 
地球上の生物はすべて、そうやって生き残ってきました。
人間だって、強い個体を残すために、強い男を選ぶんです。
それ自体はある意味、
生物としての倫理観に忠実なことなんですよね。
でも、人間、誰もが強いわけじゃない。
弱い人間のほうが多いんです。
弱い人間は、自分の強さを偽らなければいけないんです。
自分が強い個体だと、
相手に信じ込ませなくちゃいけないんです。
これがつまり、恋愛の正体なんじゃないかな、
って思っています。
大人というのは、自分や他人を偽ることに
抵抗感がなくなったひとたちのことなんだと思います。
だから、恋愛ができる。
子供は正直なので、自分を偽り、
他人を偽ることに躊躇してしまいます。
だから恋愛には向かないんです」


少年は静かに語った。
でも、少年のこころは冷静ではなかった。
だから、本当に自分がそう思っているかは、
自分でもよくわからない。

そればかりか、この時披露した恋愛観は、
自分で自分の首を絞める呪詛になっていることには、
まったく気が付いていない。

でも、今の自分の気持ちを代弁するには、
ぴったりの言葉であったことは、確かだった。
このやりきれない気持ちを表すには、
恋愛のことを貶すしか、やりようがなかった。
恋愛なんてできるのは、
汚い大人しかいない。そう思うしか、やりようがなかった。


「ふぅん。つまり坂谷くんは、
自分は恋愛する資格がないって、思っているんだね」


風待さんが、からかうように笑った。
少年は、むっとした。
風待さんが自分のことを笑った、と思ったから。

こっちが真面目に話をしているのに、
真面目に聞いてくれているような態度でもなかった。
大事な話をしているのに、
話半分で聞いて、おまけに笑うなんて、失礼じゃないか。


「そんなことはありません。
ぼくは大人ですから。ちゃんとわかってます」


風待さんに、反発したくて、反発だけしたくて、
とっさに、そんなことを言ってしまう。

言いながら、自分でも、馬鹿だと思った。
おまえは何を言ってるんだ、と思った。


さっきは、岩倉さんに対して、
自分は子供だと主張したばかりじゃなかったか。
それの舌の根も乾かないうちに、大人だと主張する。
自分の言いたいことを言うためだったら、
立場さえもコロコロ変えちゃう人間なのか、
と少年の内なる声が叫んだ。


でも、その声を、少年の暗い感情が覆う。
少年は、黒い感情に支配されて、
自分の声を冷静に聴くことができなくなっている。
もう、感情をぶつけることが第一で、
主義もへったくれもなくなっている。
とにかく、自分は大人だと一旦主張した以上、
最後まで大人ぶらなければならない。
少年は、自分は悪い大人なんだと、自分に言い聞かせる。


「あれ? 今までの話だと、
坂谷くんの視点は、子供のほうだと思ったんだけど?」


「ぼくは大人です。
めっちゃ汚れた、手段を選ばない、きたない大人なんです」


「そんなこと、ないと思うけどね」


「どうしてですか?」


「んー」


ちらり、と少年のほうを見て、それから首をかしげた。


「なんとなく」


風待さんは、困ったような笑顔をみせた。


「風待さんは、ぼくが、
恋愛もできない子供だと思っていますか?」


「そんなことないよ。彼女だって、いたものね」


「そうです。彼女は大人でした。
彼女に、大人って何なのかを、教えられました。
だからぼくは、大人なんです」


「ふぅーん?」


「東京にいって、絶対、汚れた大人になってやります。
何人とも同時に付き合ったりします。
そうした過程を経て、ひとは真実の愛というものを、
見つけることができるのではないのでしょうか」