〒919-0465 福井県坂井市春江町江留上新町3 ホープテラスA

TEL / 090-8261-9505

Open 10:00 - Close 19:00

・店舗は毎週土曜日、日曜日のみ営業(臨時休業有り)

・駐車場あり

・オンラインショップは24時間受付。

(大型連休は物流の都合上、配送までに時間がかかる場合があります)

© 2019 八百屋テクテク All rights reserved.








少年は、悩んでいる。
たぶん、この少年がここまで悩んだのは、
生まれてはじめてのことだっただろう。
悩みは、ひとを大人にする。
少なくとも、この場合は、そうだった。
悩んだ末


「あのさ、岩倉さん」


と声をかけた。


「さっき、誰と恋愛しようが、
自由のはず、って言ったよね。
今は、それも変わらない?」


「えっ。それは……」


岩倉さんは、視線を逸らして、考えている。
彼女にしてみれば、ここで回答を間違えれば、終わる。
この少年を利用して東京にいく計画が頓挫する。
彼女は、慎重だった。


「ううん。私、気が付いた。今はもう、坂谷しかいないよ。
坂谷のことが好き。他は、どうでもいい」


「そっか。ぼくは、でも、
誰と恋愛しようが自由、
っていうのは、当たっていると思う」


「えっ」


「恋愛ってさ、心の通じ合うパートナーを探す行為だろう? 
より良い相手を探すためにも、もっと多くの恋愛をするべきだよ。
ぼくもそうだし、岩倉さんもね」


「そうかもしれないけれど、でも私は、
もう恋愛なんていいの。坂谷さえいれば、それで……」


「ぼくは、きみのパートナーになれないよ」


「どうして?」


「だって、心が通じ合ってないもの」


岩倉さんは、言葉を詰まらせた。
彼女は、少年が交際を辞めようとした場合、
全力で拒否するつもりでいた。
少年を言い負かすだけの自信があった。
でも、面と向かってこう言われると、
とっさには、違う、とは言えなかった。
言葉を失った彼女に、少年は淡々と続ける。


「君はいつも、ぼくを責めてたよね。
ガキだって。
キモイって。
ぼくだって、自分のことを、そう思ってた。
だから君のために、大人になって、
君にふさわしい人間になろうって、
付き合ったときに、そう思った。
でも、君の望むレベルには、なれなかった。
だけど、君に、誰と恋愛しようが自由だ、って言われて、
はっとしたよ。
ぼくは、間違いに気づいた。
大人になることが大事なんだって思ってたけど、
そうじゃない人もいる。
そうじゃない生き方だってある。
君は、ちゃんと心の通じ合える、
大人のひとと恋愛するといい。
自由に恋愛して、そういう人を探すといい。
ぼくは、無理に大人にならない。
同じレベルのひとと付き合うことにするよ
君がやってきたことと、同じようにね」


少年は、ずっと、岩倉さんから瞳を逸らさない。
彼女には、それが不気味だった。


こいつは、なんで、こんなに悲しそうなのか、
心が通じ合わないことが、そんなに悪いことなのか。
男なんてどれも一緒。
利用するだけ利用するのがいい。
それが正しいことだって思ってた。
心? 馬鹿じゃないの? 
そんなものを通じ合わせて、お金になるの? 
何か得をするの? 
だからガキだって言ってるの! 
私は、こいつより大人なの! 
だから私の言ってることは正解なの。
だからそんな目はやめろ! 
私を、そんな目で見るな! 私は、私は……


「岩倉さん。
本当は、君のことを、ガンちゃん、って呼びたかった」


「はぁ?」


「ガンちゃん、って君のことを呼ぶなら、
ぼくはなんと呼ばれるのだろう、って期待した。
なんて呼ばれてもよかった。
お互い、あだ名で呼び合って勉強を一緒にしたかったし、
大学のことも考えていた。
将来どうなるんだろう、とかね。
勉強の合間にメールしあったり、
二人で手を繋いで散歩したり、
星を見に行ったり、したかった。
ぼくが、君としたかったことだ。
君からみたら、ガキだろう? 
君はぼくに大人の対応を期待したけど、
ぼくは、でも、君に、子供の対応を期待なんてしなかったよ。
君は、そんなひとじゃないって、思ったからね。
今も君には期待しない。
ぼくは、君ではなく、ガキと付き合うから」


こいつ、何言ってるんだ、と岩倉さんは思った。
キモイ、と思った。
でも、言い返したいのに、言い返せない。
少年の言葉は理解できるけど、
少年が理解できるように、自分の気持ちを言い表せない。
はっきりと、言葉にして出てこない。
ガキだ、理想だ、甘ったれだ、……
いつもの自分なら、条件反射的に、
いくらでも出てきそうだった。
でも、なぜか罵倒できなかった。
少しだけ、ほんの少しだけ、
少年の描いた未来が、素敵だなと思ったから。……。
そう思った瞬間、急に、言葉ではなく、涙があふれてきた。
いままで大事にしてきた何かが、
ガラガラと音を立てて崩れ去ったような感覚が、彼女を襲った。


何で? 
大人なのに、なんで? 
自分が正しいはずなのに。
私は可愛くて、大人の男性はみんな私のことを好きになって。
みんなが憧れる、大人の女だったのに。
こいつの言ってることは、みんなキモイと思って、
過去に捨ててきたはずなのに。なんで今更、なんで……。
彼女は、叫んだ。


「大人なんて、誰も私の気持ち、わかってくれなかった! 
私の気持ちになんて、興味なかった! 
あいつらの頭の中は、金と女の身体だけ! 
誰も、私のことを……」


彼女は、今度は本気で泣き出した。
さっきとは違って、本当に泣いていた。

少年に向かって叫んだのではなかった。
少女は、捨ててきた過去とか、失われた未来とか、
そういう壮大なものに向かって、叫んでいるようだった。


「いろんな人と付き合ったから、私、わかるもの。
人間は、結局、心なんて通じない! 
人間なんて、ひとりだよ! 
通じたふりをしているだけ! 
みんな一緒だよ!」


叫びながらも、なぜか涙が止まらない。
たぶん、心にふたをしていた時間が長かったから。
でも、ふたが壊れてしまった。
なんで壊れた? 
もしかすると、自分は、誰かと、
心を通じ合わせたいと思っていた……?
自分のこころの空虚さを、
本当は、慰めてほしいと思っていた?
少年は、自分と向き合ってくれていた。
大人の誰もが、やってくれなかったことを、
この少年だけが、自分のために、
向き合ってくれている、ということもわかった。
同時に、少年に拒絶されている、ということも実感した。
彼女は、叫ぶだけ叫ぶと、ゆっくりとうつむいた。
目の前の少年に語るべき言葉が、何もなくなったから。