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それから数日たっても、
少年のもとには、世界史のノートが戻らなかった。
連絡手段がなかった。
岩倉さんの携帯電話は、たぶん、取り上げられてしまっている。
家族が管理しているか、ヘタすれば警察が管理している。
とにかく、メールを送っても電話をかけても、
なんの反応もなかった。

このままノートが戻ってこなかったら、
誰かに見せてもらうしかない。
見せてもらったとしても、今までの授業分を写すには、
どれだけ時間がかかるのだろう。……

暗い気持ちを抱えたまま、下校する。
駅前のシャッター街を歩いていると、
アーケードの柱に寄りかかって、
ズボンのポケットに手を突っ込んでいる
私服姿の女の子を見かけた。
誰かを待っているような、そんな素振りだった。
とても可愛い服装だった。
少し前だったら、少年は心惹かれていただろう。
でも、それを見た彼の心は、一層暗くなった。
もちろん、服装のせいではない。
迷った末、少年は、
世界史のノートは、誰かに写させてもらうことを、
この場で決意した。
世界史のノートを返してもらうことより、
誰かのノートを借りてそれを写したほうが、
結局のところ、労力が少なくて済む、と判断した。
その女の子に見つからないよう、
踵を返して、別の道を歩こうとした。


「坂谷!」


その女の子から、声をかけられた。
そういえば、声をかけられるのは、いつも後ろからだった。
声をかけられたくなかったら、背中を見せちゃいけなかった。


「ねぇ、どこいこうとしたの? 
坂谷のこと、待ってたのに!」


彼女は、やはり少年に怒りをぶつけた。
でも同時に、泣きそうな声でもあった。
頬や額には、痣が痛々しく残っている。
その傷が、あの騒動は事実だったんだと、
少年に思い起こさせた。


「でも、よかった。こうして会えて。
坂谷はいつもこの道を通るからさ、ずーっと待ってたんだよ。
ねえ、どこかお茶しない?
ちょっと相談したいことがあるんだけど」


「お茶?」


「あっ、私、今日お金もってないんだ。
どこか入るなら、最悪安いところでも我慢するよ。
アンタもそんなにお金もってないだろうから、
あんまり負担かけちゃ悪いからね」


「相談って何?」


「あとで話すから、ねっ、とりあえず、行こ?」


岩倉さんは、少年の腕に、自分の腕を絡めてきた。
彼女の髪から、以前と同じ、大人の匂いがした。
嫌悪感が込み上げた。
大人というのは、こんなに酷い匂いがするものなのだろうか。
酷い匂いだと思えるのは、
自分がまだ大人になりきれていないからだろうか。
少年は、腕を振りほどいた。
岩倉さんは、一瞬驚いた後、
少年が自分の思い通りにならないのに、カッとなった。


「なんなの? せっかく誘ってるのに。
なんで? 何が気に入らないのよ?」


「お茶するなら、いい場所知ってるんだ。
雰囲気もいいし、店員のお姉さんは穏やかだし、
そこで使っている果物は、みんな美味しいって言ってる。
ぼくは、飲んだ時は、別に普通だと思ったけれど、
でも今は、あのスムージーが飲みたい。
あのスムージーの味は、どこにでもありそうで、
どこにもない味だった」


「なら、そこでいいよ。そこに行こうよ」


「今朝、お店の前を通ったけど、
今日は閉まってた。だから行けない」


「何よそれ。閉まってるなら、
別のところに行かなきゃ、しょうがないじゃん。
いいから、別のところで我慢してよ」


「いやだ」


少年の断り方が、幼稚だった。
幼稚に思えた。岩倉さんは、怒りを通り越して、あきれていた。


「もうっ、なんでこんなにガキなのよ! 
今日は、今後のこと、ちゃんと相談しようと思って来たのに。
そんなんじゃアンタ、東京でやっていけないわよ!」


「今後のことって、何?」


「だから、それを話すから、どこか別の……」


「今後は、ないよ」


「えっ」


「君との今後は、ない」


彼女は、口を開けたまま、とまった。
信じられない、という顔をした。
あまりの驚きに、言葉が詰まった。


「……どうして? どうして、そんなことを言うの?」


「岩倉さんこそ、どうして、今後があると思ったの?」


「だって、アンタは私の彼氏でしょう?」


「…………」


少年は、ただ黙って、彼女を見つめた。
彼女は焦ったのか、違うの、と
聞いてもいないのに、自分の弁護をはじめた。


あの騒動のことを気にしているのかもしれないけれど、
私は援助交際をしていない。
やっていたのはあの二人で、私は話を合わせていただけ。
年上の男性とのお付き合いはあったけど、お金は貰ってない。
なのに、一緒に援助交際をしていることにされてしまった。
私は、あらぬ疑いをかけられて、
学校も辞めさせられそうになってる。
こんな可哀そうなことって、ある? 
私は、被害者よ。


続けて、


誰と恋愛しようが自由のはずよ、


から始まる、彼女の恋愛観を聞かされ、その後、


先生たちやクラスの女子たちは、
恋愛上手な自分に嫉妬してるのよ、
だからこんな大げさなことになったの、
私は可哀そう、


という話になり、さらに、


こんな可哀そうな自分を助けないのは、
彼氏失格だ、責任をもって、私を助けなさいよ、


と再び顔を真っ赤にして、少年を責めだした。


「私たち、付き合うときに、誓ったよね? 
一緒に東京いくって。
一緒に住もうって。
だから私、一生懸命勉強しようとしたのに……。
もう、大学、行けないかもしれない……」


怒っていたと思ったら、今度は涙をボロボロ流して、泣き出した。
このシャッター通りを通る人は少ないけれど、
いや少ないからこそ、この二人のやりとりを、
誰もが必ず振り返ってみていた。注目の的だった。
少年は、彼女の言う通りに、お店に入らなかったことを、後悔した。

でも、彼女のほうは、もはや周囲を気にする状態ではなかった。
自分と少年以外、なにも見えなくなっているようだった。


「私が退学になって、大学にいけなくなっても、
東京には行こうと思う。
もうこんな街はイヤ。
東京に出て、アンタと一緒に住んであげる。
ご飯も作ってあげるよ。
そうやって、一緒にバイトして節約すれば、
お金も貯まるよね。
私そのお金で、将来オシャレなカフェでも開きたい」


ね、いいでしょ? 
と彼女は泣きながら、少年に笑いかけた。