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それから数日は、特に何事もなく過ごした。
少年は、担任の先生に、職員室に呼ばれた。
課題がらみの話が済んで、退出しようとしたとき、
「ちょっと」と呼び止められた。


「高橋先生に持っていった、あの果物、どこで買ったの?」


「えっ」


「あれ、すっごく美味しくて、評判すっごくいいのよ」


「食べたんですか? 高橋先生用なのに?」


「高橋先生は残念だけど、
新たに胃腸に疾患が見つかったらしくてね。
大したことないみたいだけど、
その間は普通の食事ができないの。
生ものだから、ということで、
お見舞いに行った先生方で頂いたわ。
だけど、どれもすっごく美味しくて。
あれを食べられないのは、不幸だわ。本当に。
私も果物買いに行きたいから、お店を教えてほしいな」


「あぁ、えっと、駅前にある店です。
風待くだもの店、っていう名前で、
すごく綺麗なお姉さんがやってるお店です」


「ふぅーん、そんな名前の店、あったっけ?」


「実は、あの後、店の前を通ったんですけど、
ずっとシャッターが閉まってまして。
看板も出てないし、いつやってるのかも、
よくわからないんです」


「ふぅーん?」


すぐに先生は、机の上にあるパソコンで検索をはじめたけれど、
該当するお店は見当たらなかった。
少年はその後しばらく、このお店探しに付き合わされた。
パソコンの画面上でマップサービスを開いたりなど、
いろいろ試したけどヒットしない。


本当にここ~? 


としつこく疑われたが、
ほかに検索のしようがなくなったところで、
ようやく少年は解放された。



その日の学校の帰り道。
テクテク歩いていると、
「坂谷~」と後ろから声をかけられた。

岩倉だった。
彼女は、この遠慮がちな少年とは違い、
男女が一緒に肩を並べて帰ることに、
いちいち許可なんて必要ないという考えの持ち主らしい。
勝手に横に並んだかと思えば、
特に脈絡のないことを、あれこれとしゃべりはじめていた。


「ねぇ坂谷。大学どこいくの?」


「えっ。えーと、東京のほうかな」


「地元には残らないんだ?」


「就職厳しいっていうし」


「そっか。坂谷はAクラスだし、頭だけはいいからね。
はぁ。私も東京いこっかな~。こんなところにいても、
いいことないし。……ねぇ坂谷?」


「うん?」


「私たち、付き合わない?」


「はぁ?」


「ほら、もし東京いくならさ、
お互い、目標に向かって高めあえるっていうか。
そういうの、いいじゃん? 
それに、大学近かったら、一緒に住んじゃったりして。
そうすれば、アパート代を節約できるよ」


「はぁ?」


「例えばだよ、例えば。
そりゃあ今の段階では、なんだよそれ、
と思うかもしれないけれど、
でも、そういう未来を夢見ても、いいんじゃないかな? 
モチベーション的にさ。
もし、お互いうまく進学できて、一緒に住むことになったら、
遊びに使えるお金も節約できるよね。
坂谷だって、遊びたいでしょ?」


ふわりと風が吹いたとき、彼女の髪から、
不自然な香水の匂いが香った。
男子の心を絡めとろうとする悪意が、
香水の匂いの強さに現れているようだった。

しかし、嫌なにおいをさせる少女だ、
とは思えなかった。

気になる女の子は、この歳にもなれば、一人や二人はいる。
でも、弱気なこの少年には、
女の子に交際を申し込む勇気がなかった。
申し込まれたこともなかった。


女子に交際を申し込まれたことは、光栄なことなんだ。
女子に交際を申し込まれたら、付き合うのが筋だ。


少年は、なんとなく、そう考えていた。


自分は岩倉さんに期待されている。
期待には答えなければならない。
必要とされることは幸福なことで、
その分を礼節をもって返してあげなければならない。
それが男というものだ。……。


少年は、最後には、
彼女に押し切られる形ではなく、
ちゃんと自分の意志で、
この日から、彼女と交際することにした。