〒919-0465 福井県坂井市春江町江留上新町3 ホープテラスA

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少年がこの店を知ったのは、数日前。
彼が通う高校の、地理の高橋先生が、病気で入院した。
クラスを代表して、少年が放課後、
見舞いにいくこととなった。
特に人徳のある先生ではなかったので、


「見舞いに行きたいひとはいる? 
いないなら、代表で誰かいこうね」


と担任の先生が発言したとき、クラスのみんなは、
いっせいに、責任を押し付ける相手を探した。
みんなの視線の先には、この少年がいた。
クラスのみんなに、面倒ごとを押し付けられた。


「ねぇねぇ、君が坂谷君、だよね? 
Aクラスの代表になったんだって? 
私、Bクラスの代表。よろしく。
私のこと、もちろん知ってるよね?」


「いや……えっと、ごめん……」


「ふぅーん。ま、別に謝らなくてもいいよ。
隣のクラスだから、見かけたことはあるけど、
お互い話をしたことはないんだし。
私は岩倉。ガンちゃん、とでも呼んでね」


「いや、ガンちゃん、ってのはちょっと……」


「とにかく、まずは、お見舞いの品を買いにいかないとね。
果物とかでいい? 
あっ、ごめーん。
そういえば私、この後約束があったんだ。
ごめんだけど、預かった見舞金渡すから、
ちょっと買ってきてくれない?」


「えっ」


「ちゃんと金額分買って、レシート貰ってきて。
後で調べるから。着服しないでね。
私まで共犯になっちゃうから」


言いたいことだけ言って、
とっとと少年の後を去っていった岩倉さん。
彼女の向かう先には、にこやかに手を振る、
社会人らしい男性。
男性と彼女は、これから何をしようとしているのか。
クラス代表として見舞いにいくことよりも
大事な用事があるのか……。
岩倉さんと、できれば男性にも
文句を言いたい気持ちはあったけど、
少年は口には出さなかった。


とにかく、果物を探さなきゃ……。


少年は、課された目的に忠実に、果物を探し、
たどり着いた先が、この駅前の果物屋だった。
彼が生まれた頃にはもう、
この駅前は錆びついたシャッター街だった。
彼も、学校の行き帰りでしか、ここを通らない。
営業している店など、まばらにしかなかった。


『風待くだもの店』


という看板を、そのシャッター街の中で見つけたとき、
少年は、おや? と思った。
たしか昨日までは、何もなかったはずだった。
最近は、リノベーションとかいうのが流行っているらしい。
駅前の活性化とか、テレビでやっていた。
この、くだもの屋さんも、その流れなのだろう……。
頭の中に浮かんだ疑問は、
お店の中に足を踏み入れた時には、消え去っていた。

店内は、色とりどりのフルーツが並べられている。
スーパーよりも全然小さいけれど、
もしかすると、スーパーよりも品数が多いかもしれない。
見たこともない果物に、
女性の字で書かれた可愛い手書きのポップ。
店の外まで漂うような芳醇な香りに、
果物たちを照らし出す、柔らかくて落ち着いた照明。
駅前の寂しい雰囲気とはうってかわって、
お店の中はとても華やかだった。

お店の中に足を踏み入れたとき、
このお店の華やかさに
「わぁ」と小さく声が出てしまったけれど、
奥から若い女性の店員さんが出てきたときは、
声すらもでなかった。


肩まで伸ばした柔らかい髪に、
白磁器のような、透き通った白い肌。
なにより、彼女の深い海のような色の瞳に、
少年の意識は溺れて沈んでしまいそうになった。
絵にも描けない美しさ、という童謡が思い浮かんだ。
竜宮城の乙姫様がいるとしたら、きっと、
この人のような姿かたちをしているに違いない。


「あの……果物が欲しいのですが」


短い言葉なのに、緊張して、喉から出すのがやっとだった。
九月の暑い日なのに、風邪でもひいているみたいな、
かすれた声しか出なかった。


「どんな果物がいいのかな?」


ん? と少しかがんで、瞳をのぞき込んでくるお姉さん。
買い物の内容を聞かれているのに、
心の底まで覗かれているような、そんな気恥ずかしさがあった。
少年は、つい視線をそらした。
見つめられると、心が上滑りしてしまう。


「えっと、あの……
実は、クラスでお見舞いにいこう、って話で、
ぼくが代表で、あの、もう一人いたんですけど、
そいつは男と一緒にどっかいっちゃって……」


自分でも、何言っているか、さっぱりわからなかった。
わからないまま、なんとか話を続けた。
お姉さんは、でも、穏やかに笑って、
話を最後まで遮らずに聞いてくれた。


「じゃあ、果物の盛りカゴを用意すればいいかな?」


「はい」


「内容は、どうしよっか。
先生の嫌いな果物とか、ある?」


「えっと、わかりません。
あの先生は誰からも嫌われているので、
誰にきいてもわからないと思います」


「そっか……。予算は?」


「はい、あ、えっと、これで……」


「ありがとう。
じゃあ、ちょっと待っててね。すぐにできるから」


お姉さんは、すぐにお店の奥に入っていった。
待っている間、少年は、店内を見渡してみた。
お姉さんが入っていったところには、
二人ぐらいが座れるカウンターがあった。
お店の果物を使った、フルーツジュースを
提供する空間になっているようだった。
金額は、一番安いもので300円。
こういうところの相場なんてわからなかったけれど、
コンビニや自販機にいけば
ジュースなんて150円もあれば買える。
自分にとっては無縁の場所だな、
と少年は値札を眺めながら、考えていた。

お姉さんは、ほんとうにすぐに出てきた。
手渡された盛りカゴのフルーツたちは、
どれもキラキラ光っているようだった。


「改めてみると、果物って、綺麗なんですね。
いつも食べている果物に比べても、
とても綺麗に見えます。
あの、何か、特別に綺麗に見える品種なんですか? 
それとも、包装がいいのでしょうか?」


この問いには、彼女は照れたように笑うだけで、
答えなかった。


「お見舞いに持っていけば、喜ばれると思うよ」


「あの先生のお見舞いには、もったいないぐらいです」


「先生、早くよくなるといいね」


「はぁ。まぁ……」


そのまま少年は、病院に行って、高橋先生を訪ねた。
面会を事務的に済ませた後、先生に盛りカゴを差し出した。
先生は一瞥した後、「果物かよ」と呟いた。
受け取らずに、病室の片隅を指さして、
「置いていけ」と命じた。
お姉さんの作ってくれた果物の盛りカゴに、
何の興味もなさそうだった。
少年は、一瞬嫌な気持ちになったけれど、
まあ、そういう先生だから……と思い直した。
病院をあとにし、家に着くころには真っ暗になっていた。